夏の陰翳 – 二つのサマースーツ

“……何よりも屋根と云う傘を広げて大地に一廓の日かげを落し、その薄暗い陰影の中に家造りをする”
これはご存じ「陰翳礼讃」の一説である。西洋の家づくりにおいて屋根というものが主に雨よけであり、いわば帽子のようなものであるのに対して、日本の家造りはまるで傘の屋根を広げる。そしてその陰の中に陰翳の美を作り出していく……と、そういうわけである。

サマースーツというものもまた、この概念の中にあるべき存在だ。

夏場の涼しさだけを求めるのであればそれこそツーリストのような半袖に短パンを履いて、サンダルをつっかけて歩くことになんら間違いはない。しかしサマースーツは日傘のようなものだ。涼しげで美しい佇まいの生地をゆったりと広げ、自分の体の周りに日かげを落とす。

だから仕立てのクラシックさ、生地の風合い、そして優雅なフィッティングがあってこそ、そのスーツは一着のスーツから「サマースーツ」へと昇華するのである。

そういうわけで今日紹介するのは、夏に陰翳を作り出す二着のサマースーツである。

Loro Piana Brown Linen 三揃いスーツ

またリネンのスーツを紹介するといえば不思議に思われるかもしれない。なぜなら先日紹介したビンテージのアイリッシュリネンに比べたら、どんなリネンも霞んで然るべきだからである。

だが心配はしていない。なぜならこれはL’altro Mondo(別の世界)だからである。決してビンテージではない。しかしこの表情を持つ絶妙なウェイトのリネンは、ある意味ビンテージ以上に見たことがない。

これはロロピアーナのツイル織りリネンである。からっとしたリネンの軽さを失わない270g/m程度のウェイトの中に、夏の全ての陰翳が詰まっている。

極上の素材だけが持つさらりとした手触り、キラキラと日差しで輝くクリスタルガラスのような硬質な輝き。そしてリネンの生み出す和紙のような表情豊かな皺。それを実にロロピアーナらしい高級感の漂うブラウンのトーンがまとめあげる。

繊細なニュアンスのツイル織りもまた、このリネンに新しい表情をもたらす要素だ。カジュアルな印象を与えながらも上品さを失わないし、ジャケットになったときに奥行きのある表情を見せてくれる。

だがこのスーツ生地にはもう一つの物語がある。それはこの美しいリネンスーツが、(用尺的に)スリーピーススーツのために用意されているということである。

もちろんLoro Pianaがそのように指定しているわけではない。しかしこの生地を仕入れたナポリの商人は少なくとも、これを「スリーピーススーツで然るべき」と考えたわけである。

なんと風流だろう。

白やアイボリーのシャツと合わせることで清涼感を演出しよう。黄色や、ライトブルーの柄のシャツで夏そのもののように着こなしても良い。光の加減で変わる色彩は、まるで夏の木陰のように静謐な気持ちをもたらし、見る者を飽きさせない。

FOX BROTHERS 炭黒のウールリネンスーツ

次はFOX BROTHERSのウールリネンだ。それもこの手の生地にしては非常に珍しい、限りなく黒に近いチャコールグレーである。というより炭黒とか、カーボンブラックという言葉がよく似合う。それこそ谷崎潤一郎が書き綴るような、ぼんやりとして朧げ、まさに世の美しさの中で「陰翳」にあたるIl Fondo della Bellezza(美の底)である。

にしても美しく、軽快でさりげないスーツ生地である。

あくまでウーステッドウールの持つスーツらしさを基調にしながら、リネンの軽やかさと杢の美しさを見事に融合させて織り上げた生地だ。だからぱっと見の雰囲気はベーシックなスーツに見えるが、光沢やその素材感でどことなくサマースーツらしさを演出している。

だから普通のウーステッドウールのスーツで夏の夜にネクタイを外しても決まりが悪いが、このスーツでネクタイを外せば色気のある一つのスタイルが完成する。ネイビーだったらまだビジネスっぽさが残るが、カーボンブラックの色合いが実に良い。まるで夕方に初めて家から出てきたような洒脱感と余裕がある。

シルバー系のアクセサリーを身につけて、くたくたになった黒のアウグストのバッグでも携えて歩けば完璧だ。このウールリネンの深遠な美しさは、夏の夜の時間を優雅なものに変えてくれるだろう。

夏の陰翳 – 二つのサマースーツ

Sartoria Piccirillo × Loro Piana Brown Linen 三揃いスーツ

通常価格 763,400円 → 特別価格 520,000円(税込572,000円)

Sartoria Piccirillo × FOX BROTHERS 炭黒のウールリネンスーツ

通常価格 642,400円 → 特別価格 480,000円(税込528,000円)

仮縫い・中縫い付き。どちらも半金でオーダー可能。

サルトリア・チャルディやニコラ・ジョルダーノでのお仕立ても可能。もちろんどちらも一着ずつの在庫なので早めにお問い合わせいただきたい。

お問い合わせはコンタクトフォームから。