救世主としてのエレガンス – Elegance as a Savior

とある12月の冬の日に、ナポリの小高い丘の上、ヴィットーリオ・エマヌエーレ通りで私は途方に暮れていた。

空は南イタリアにいることを忘れさせるほどに黒々と曇り、吹き付ける風はオペラ・トゥーランドット姫の歌声のように冷たく凍っていた。

右手に持つ生地が詰まったボストンバッグは石のように重く、私はこの時ばかりは羽根のように軽いロロ・ピアーナのSuper 180’sを心から所望したものである。しかし後の祭りだ。バッグには500g/mを超える美しいコート生地が詰まっていたのだから。

ただひたすらにタクシーを探しながら歩くが、その歩みは遅かった。ふと目の前にタクシー乗り場の看板が見えた。Grand Hotel Parker’s、ナポリ屈指の高級ホテルである。

これはしめたぞ!その安堵と言ったら、まるで細い十字の窓から光が差し込む瞬間のようだった。

…….しかし悪天候のナポリは過酷だ。誰もが車を使うから道は大混雑、タクシーも取り合いで滅多に捕まらない。そしてついに大雨が降り始める。私は観念した。

主よ、聖ジェンナーロ※ナポリの守護聖人よ、これほどまでにナポリに身を捧げ、この地の文化に情熱を注いできた私をここで見捨てるのか。それとも私はこの十字架※ボストンバッグを背負い、投石のような雨の中このゴルゴダの丘※ヴォメロの丘。登ったところには地下鉄ヴァンビテッリ駅がある。を登らなければならないのか。私はここで、さっき生地屋でナポリ人のように「50ユーロ分の生地を後生大事に持っていたところでクリスマスに食べられるわけではない。ここで50ユーロまけて、盛大な売上でクリスマスに乾杯すべきだ」などと値切ったことの報いを受けるのか。あるいは生地屋の店主がカットするたびナポリ人のように「10cm長めに頼むよ」などとウインクした報いだろうか。……ええい、なんでもいい。私の命運はここで尽きるのだから………!

しかし私を救ったのは聖ジェンナーロではなかった。強いて言うならば聖ジャンニ・ピッチリーロだろうか。この後の顛末は以下の通りである。

先ず、雨が降り始めてすぐにグランドホテル・パーカーズのドアマンが私に気付き、私をこの高級ホテルの客と勘違いして急いで中に招いたのであった。それからドアマンは私をエントランスへと連れて行った。ダークスーツのホテルマンがカウンターで重々しく会釈した。

「タクシーをお探しですか?」

「はい、実にその通りです」

「あなたは当ホテルのお客様ですか?」

「いえ、残念ながら…」

彼はその時、改めて私の様子を頭のてっぺんから爪先までチラリと観察した。

雨用の革靴はナポリ名物のタバコの灰で真っ白、ボストンバッグは生地の重さでちぎれそうになっているし、髪の毛は日曜日のメルカートで売っているひどいブラシのようだった。だが意外なことが起きた。

「OK、あなたは私共のお客様ですね……次回はきっと」

彼はそう言って笑うと、電話してタクシーを呼んでくれたのだ。そう、私はそのとき美しいベージュのカシミアコートを着ていたのである。それもサルトリア・ピッチリーロで仕立てた、誰がどう見ても一級品のビスポーク・コートだ。

そして私はこの美しいコートゆえに、もっと言えばエレガンスゆえに暖かく優雅な大理石のロビーの赤いビロードのソファで、タクシーが来るのを待つことになったのである。

Two Shades of Elegance

さて、ここに二つのコート生地がある。

一つはちょうど私があの日着ていたサルトリア・ピッチリーロのコートと似たベージュのカシミア。それもコロンボが誇る世界でも最高級のカシミアだ。

当店には数多くのコート生地があるが、ブルネロ・クチネリを思わせるこの美しいクリームベージュほど、多くの要望いただいたことはない。そしてこの色ほど「残念ながら探してもなかなか見つからないのです」と謝ったものはない。

そしてもう一つはロロピアーナのキャメルのカシミアで、こちらも今では滅多にお目にかかれないような極上の肉厚カシミアである。

キャメルは数々の生地を扱ってきたが、これほど優雅でありながら控えめな、少し明るいキャメルベージュは稀有だ。

どちらも500g/mを超える実に贅沢なカシミアで、もし今バンチから選んだら1メートルの価格だけでも星付きレストランでディナーのフルコースを食べてお釣りが来るだろう。(このようなカシミアはもともと、ロールスロイスで現れて赤い絨毯の上を歩く人々のために織られるのだから仕方ない)

だが、出自はどうであれカシミアは貴族のためだけにあるのではない。もっと正確に言えばランバルディのカシミアは“私たち”のためにある。

だがなぜこのような極上のカシミアが、こんなにも素晴らしいキャンペーン価格になるのか?

その答えはシンプルだ。

私が生地屋で「ここで50ユーロまけて、盛大な売上でクリスマスに乾杯すべきだ」と値切り、カットするときに「10cm長めに頼むよ」とウインクしたからだ。そしてそれを貴族的なFEDEXとか、DHLで送らずにボストンバッグに詰め込み、この手で日本へと持ち帰ってきたからだ。

なに、心配はない。非常識なキャンペーン価格で素晴らしいコートを仕立てたからと言って罰が当たることはないだろう。

エレガンスは救世主だ。

たとえば気まぐれなマセラティが出先で故障して途方に暮れた時も、あるいはアウグストの財布を自宅のマホガニーのテーブルに忘れて路頭に迷った時も。どのように困難なシチュエーションにおいても、エレガンスが我々を本来あるべきところへと連れ戻してくれる。

その美しいカシミアの「誰がどう見ても一級品のビスポーク・コート」ゆえに、私たちは無条件に信頼され、歓迎され、そしてビロードのソファに包まれるのである……。

Sartoria Piccirillo 誰がどう見ても一級品のBespoke Coat 仮縫い付き MTM

1. Colombo Beige 100% Cashmere

2. Loro Piana Camel Beige 100% Cashmere

各 一着ずつ

通常価格 537,900円 → 特別価格 340,000円(税込)

※ポロコートの場合 374,000円(税込)
※サルトリア・ピッチリーロはマエストロ・ジャンニが裁断からアイロンワーク、手縫いまで多くを一人で縫い上げる芸術作品のような仕立てだ。現在も多くのお客様にお待ち頂いていることもあり、かなり納期がかかることは予めご了承いただきたい。

お問い合わせはコンタクトフォームから。