ヴィンテージ生地を巡る7年

私が24歳のときにこの小さな洋服屋を始めてから、ついに6年という年月が経とうとしている。この30平米もない空間でどれほどの物語が生まれたか、もう数えきることは不可能だ。

そしてまさに今日私が(天地創造が始まる前の世界のように)混沌とした店内を、いよいよ観念して片付けようとしたときのことだ。

……店の奥の戸棚の中から、私が「初めて」仕入れたビンテージ生地達が現れたのである。それは店が始まる1年前にナポリでアルジェニオで仕入れたもので、それはもう恐ろしく古いスキャバルのジャケット生地や、名前もわからない耳なしの生地や、ドーメルのツイードのようなものたちだ。

久しぶりにこの生地を発見したとき、私は稲妻にうたれたかのようにそのビンテージ生地達にうっとりと見惚れてしまった。

これは、一体どうしたことだろう?

まるで数十年ぶりにうっかりジャコモ・プッチーニのオペラ……マノン・レスコーのレコードが流れて、もう忘れかけていたフレーニの歌声が流れてきた時のような衝撃である。

初めて仕入れたビンテージ生地達は実に華々しく、今であれば生地屋でうっとりと眺めはするものの、仕入れることのないような代物だ。今回はそれこそ懐かしいレコードを聴くような気持ちで、3つのジャケット生地を紹介しようと思う。

1. Scabal Vintage Beige & Gray

(売り切れ)

とてつもなく古い生地だ。詳しくは分からないが、30年以上経っていることだろう。スキャバルが世界で最も美しい生地をプロデュースしていた時代に、スコットランドで織られたウールシルクリネンである。

この時代にウールシルクリネンのジャケット生地が織られていたというだけで、私からすれば驚くべきことだ。それもスコットランド製である。つまりこれはサマーツイードの一種なのだろう。

なんと滑らかで、しっとりとした手触りだろう。キートンが用いるカシミアシルクのような柔らかさと、ざっくりとしたウールの中間の質感だ。シルクが入っていることは手触りで明らかだが、リネンの硬さは一切感じられない。

なぜこれほどまでに極上の質感なのか?答えはリネンの正体を考えればすぐにわかる。この時代に用いられたリネンは、正真正銘アイルランド産の(今では幻とも言える)極上のアイリッシュリネンなのである。

今では手に入らない年代物のバローロで煮込んだラグーソースのようなものだから、これが素晴らしい仕上がりにならないはずがない。

だが私が改めて感銘を受けたのは、この美しいモチーフである。

まるで写真が全盛期の現代に、突然発見されたルネサンス時代の素描デッサンのようだ。

牧歌的で素朴な色合いと質感は、まるでアブラハムの時代のような景色が広がるスコットランドの大地をそのまま表現しているかのようである。現実的で効率を求める時代を生きている私たちには、決して織ることのできないモチーフだ。

このジャケットは忘れられない一着になるだろう。黒やグレーでモノトーンで着こなせばぐっと都会的に、ブルーやブラウン等の色と組み合わせれば一気にイタリア的な華やかさになる。

想像すればするほど、この生地を手放すことが惜しくなってしまう。

2. Scabal Vintage Beige Fantasy(売り切れ)

これも同じScabalの太古の生地だが、雰囲気は随分と異なる。美しいベージュとホワイトのコントラストに、ブルーとグレーのチェック柄。

前の生地をルネサンス時代の素描デッサンと書いたが、こちらは誰かが朗らかな晴れの日に庭の木陰でキャンバスに描いた水彩画のような、実に控えめで魅惑的なモチーフである。

ベースはイングランド製の美しいウールシルク。

じっくりと旧式の織機で織られたような目の詰まったツイルで、ほんのりとネップ感があるのも実に味がある。このようなランダムでほのかなネップ感は、最近の生地では滅多に見かけない。(現代においてはネップが少ないと織りムラだと思われてしまうから、ネップを入れるときはタオルのように盛大に入れるのだ)

最新の機械で大量に織りあげるウーステッドはツルっとしていて光沢も高級感もある。しかしどこか冷たく、無機質だ。この生地はそれと対局にある風合いだ。このシルクの有機的な質感は、ともするとコストパフォーマンスや見栄えばかりを気にしてしまう自分達に心の余裕をもたらしてくれる。

このジャケットは、目一杯ナポリらしく柔らかく仕立ててみたい。南イタリアの最も優雅な休日をイメージしてみてほしい。美しいライトブルーのトラウザーに合わせればクルーザーにも似合うし、グレーでシックに着こなせば街中でエレガントに装うことができる。ちょっとした屋外での立食パーティにも良いだろう。

一体この店でこのジャケットの需要がどれほどあるかは分からない。しかし一つだけ言えるのは、こんな生地にはもう二度と出会えないということだ。

3. Drapers Vintage Golden Beige(売り切れ)

前の二つに比べると、ある意味ランバルディらしい生地と言えるだろう。Drapersの英国製ビンテージのウール&シルクである。

ドラッパーズという名は今でこそバルべリス・カノニコと同義になっているが、昔は全く異なる意味を持っていた。それはイタリアで最も輝かしい仕立て服の時代を支えた、この国最高峰の生地商を示していたのである。

実は私の手元にはアントニオ・パニコが「最高だった」とこぼした60年代のドラッパーズのウーステッドと、彼が「別格で、もう手に入ることはない」となげいた50年代のウーステッドがある。これらはどちらも然るべきイタリアの生地店で購入したものだが……圧倒的なクオリティだ。なるほどこれがナポリの黄金期を支えた生地なのだ、と頷く質感である。

しかしアントニオ・パニコの意見はともかくとして、私が「最高」だと思うのはいつも1980年代〜ドラッパーズがよく織っていたウール&シルクやカシミア&シルクだ。これほどまでに柔らかく、しなやかで腰が強く、そして何よりも華やかな光沢で、まるで宝石のような輝かしい質感は、50〜60年代の生地には存在しないからだ。

そこで今回の生地である。

この生地がもしもシルク混でなければ、綺麗なベージュのグレンチェックだったことだろう。しかし幸運なことにこれはウール&シルクで織り上げられた。その結果この生地はベージュではなく、息を呑むようなゴールドのグレンチェックに仕上がったのである。

このようなウーステッドのウール&シルクは、イタリアの紳士達が最も愛するジャケット生地の一つだ。不必要にカジュアルでもなく、かといってスーツのようにかしこまった雰囲気でもない。デニムとスニーカーで着てもお洒落だし、トラウザーで合わせてもエレガントに着こなせる。

このゴールデンベージュの色味もまた、イタリアを思わずにはいられない。ほんの僅かに浮き上がるブルーのラインは、決して悪目立ちしないが確かな存在感だ。サックスブルーのシャツを合わせて、白いチノパンで着こなすのがイタリア的な王道だ。

美しい場所ばかりではないし、美しい瞬間ばかりではない。これは何も日本に限ったことではなく、イタリアも同じだ。しかしどんな場所、どんな時でもこのジャケットを着た紳士は悠然として見えるだろう。それも一目見たら釘付けになってしまうほどに。

Seven Years of Vintage Fabrics Chase

このキャンペーンは全て売り切れとなりました。

7年が経った。今まで姿を隠していたこれらの生地も、ついにジャケットになる日が来たのだ。

ということで魅力的なキャンペーンだ。特別な条件はないし、サジェストもない。自分がどの生地で、どのようなジャケットを仕立てるべきか、一番に理解しているのはいつもお客様自身である。

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