The Vintage Session ビンテージ生地との対話

はじめにことわっておくと、私は流行というものを否定しないばかりかむしろ肯定している節がある。

というのもトレンドを取り入れるのはその人が新しいものを受容する柔軟さを持っているという証であるし、その柔軟さはドストエフスキー的に言えば「新しい世代の思想に共鳴している」ということだからだ。

だから磨き上げられた黒いストレートチップよりも白いスニーカーが好ましい瞬間もあるし、荘厳なプッチーニのオペラ(例えばマノンレスコーのアリア)よりも四つ打ちの電子音楽が鳴り響くべき場所もある。

しかしそれはそれ、これはこれである。

このカラバッジョの静物画的なイメージをビンテージ生地達で作り上げているとき、私の頭の中には全く別の思想が息づいている。それは偏執的とも言うべき「唯一無二」のものへの愛と、偉大な過去へのオマージュ、そして文化そのものとの共鳴である。

そこには一切のトレンドもファッションもなく、ただ自分と長い年月を超えてきたビンテージ生地との対話があるのみだ。

The Vintage Session #1 Silk Sensation

というわけで今回のセッションはこの、古代の遺跡から発掘されたような驚くべきビンテージシルクから始めよう。

美しいシルバーグレーにボルドーのカラーが入った、クラシックながらも印象的なグレンチェックである。しかし魅惑的で色気に満ちたカラーについて差し置いたとしても、この生地には語るべき魅力が山ほどある。

まずこれはシルクウール、もしかするとシルクリネンウールかもしれないが、いずれにしても40年ほど前の生地であることは間違いない。鋭く音を立てるほどの目の詰まった質感に、硬質できらびやかな光沢。これは旧式の織り機を使って、ローマ帝国が興ってから廃れるのと同じくらい時間を掛けて織り上げられたシルクだけが持つ特徴である。

チェック柄の大きさも美しければ、300g/m前後の生地感も実にちょうど良い。しかし最も良いのは、この風情あるネップである。今の織り機ではなかなか表現することのない自然な揺らぎ、浮かび上がるネップ感がビンテージであることを即座に伝えてくる。

私にしたってこの生地をどれほど寝かしていたか、もう覚えていない。仕入れたのは明らかに2016年とか、2017年とかまだプロフェソーレ・ランバルディが「柄物の生地しか」在庫していなかった頃だし、私はそれからというものずっとこの生地の仕立て方について思案し続けていたのだから。

しかし結論はやはりシングルジャケットだ。シンプルに、このうえないほどシンプルに仕立てて黒やグレーで着こなすこと。そうすることでこのビンテージ感溢れるジャケットは、強烈なコントラストで浮かび上がるバロック絵画の登場人物のように引き立つはずだ。

The Vintage Session #2 Loro Piana Jacket

一方でこのジャケット生地に関しては非常に古いものではなく、あるいはここ15年から20年くらいの間に織られたもののようである。というのはこれは私が紹介しがちな正体不明のビンテージではなく、れっきとしたロロピアーナのウールシルクリネンだからである。

とはいえごく最近の生地でないのは質感でわかるし、何よりもこの非常にシンプルで堂々たるモノトーンのグレンチェックは、そこらの古い生地よりもよほどビンテージ感を漂わせている。ちょうどピラネージの線描きのようにいくつものチャコールの線を重ねた格子柄は、生地というよりも古典的な版画を思わせるだろう。

このロロピアーナもまた300g/m前後の合物だが、明らかに上質なウールをベースとしたシルクリネンの混紡具合が絶妙で、季節を語らない季節感を備えている。(この言葉の綾については特段説明をしなくても伝わるだろうが、あえて記しておくならばどの季節に着てもその季節物に見えるという意味である)

そしてこのモノトーンが非常に心地よい。圧倒的な存在感を持ちながらもまるで無地のようにコーディネートを邪魔せずに着こなしを支えてくれる懐の深さがある。

ブルーのデニムに合わせても良いし、先ほどのジャケットのように黒系で合わせても良い。白のポロシャツから黒のカットソー、ブラウン系のコットンパンツに至るまで全てを受容してくれる。それこそ色をつける前のデッサンのように、無限の可能性を秘めたジャケットである。

The Vintage Session #3 Ermenegildo Zegna Jacket

さて、最後にこのかすれたボルドーとグレーの美しいジャケット生地を紹介して終わりにしよう。

これは昔のプロフェソーレ・ランバルディがよく好んで仕入れていたような実に洒脱で色気あるジャケット生地だ。それもそのはず、昔の私がため息をつきながら仕入れた生地だからである。

エルメネジルド・ゼニアの昔の生地で、非常に上質なウールのサクソニーである。優雅で控えめな生地感だが、手に取れば明らかにジャケットとしての美しさを追求した生地であることがわかる。

何よりも特筆すべきはこのチェック柄である。他のグレンチェックに比べるとかなりトーンが抑えられた、余裕を感じる組み合わせだ。ボルドーとグレーがシンプルかつ複層に重なることで実に奥深い表情になっている。

もちろん簡単に着こなせるジャケットではない。しかし答えはもう導き出されている。チャコールグレーのトラウザーに、ミディアムかライトグレーのタートルネックやニット、そしてこのジャケットだ。

これはエルメネジルド・ゼニアがもう創業時からブックレットに載せているであろう定番の着こなしだが、残念ながら日本人で挑戦している人は少ない。決して難易度が高いわけではない。ただ挑戦する人が少ないというだけの実に美しい装いである。そしてこのようなビンテージ感溢れる生地と着こなしで対話することは、人間を大きく成長させるものである……。

The Vintage Session ビンテージ生地との対話

今回のビンテージ生地は、いくつかの選択肢を残しておこう。柔らかく羽織るようなジャケットをニコラ・ジョルダーノで仕立てても、一生着られるようなFuture Vintageをジャンニ・ピッチリーロに任せるのもどちらもおすすめだ。

Nicola Giordano MTO(既製サイズオーダー)

通常価格 365,000円 → 特別価格 248,000円(税込272,800円)※アップチャージで仮縫い付きMTMも可能。

Sartoria Piccirillo ビスポークMTM 仮縫い・中縫い付き

通常価格 526,900円 → 特別価格 400,000円(税込440,000円)

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