ポロコートがビスポークの定番になり、愛されるようになって久しい。しかし忘れてはならない。
チェスターフィールドコートは永遠のクラシックだ。
ポロコートが一大トレンドになったときのことを思い出して欲しい。ポロコートの人気に乗じて色々なセレクトショップや有名バイヤーが、ガウンのようなコートや長いトレンチコートなど、見たこともないようなコートをこぞって展開した。
というのもコートは永遠のように着られる洋服だ。一度皆が「これだ」というコートを手に入れてしまえば、もう次のコートが売れなくなってしまう。だからこそ、様々なモデルを矢継ぎ早にプッシュしていたのである。
しかしご存じの通りそのような熱狂は去り、今世の中に残っているのは本物のエレガンスだけだ。
美しくクラシックなポロコートは今冬もきっと素晴らしい活躍をしてくれるだろう。しかし奇をてらったデザインのものは、なんとなく気持ちが遠のいているはずだ。
そんなコートのトレンドの中で、まるきり孤島のように動じない存在がある。
チェスターフィールドコートだ。
シンプルな三つボタンのチェスターは、もはや定番過ぎて逆に注目されることのない存在だ。
しかしツルゲーネフやドストエフスキイの長編小説を読んだからと言って、国語の教科書にも載っている夏目漱石の「こころ」が陳腐に感じられることはあるだろうか?
文体がシンプルでも、名作は名作だ。もっと言えばシンプルだから美しく、力強く、魅力的。そして……永遠だ。
エルメネジルド・ゼニアのビンテージカシミアを使って、Nicola Giordano ニコラ・ジョルダーノで仕立てたチェスターフィールドコートである。
お気づきの通り、実にクラシカルなベルベット襟仕様のチェスターだ。
昔、まだこの店が始まって間もない頃に、あるお客様からチャルディのトランクショーで黒いベルベット襟のチェスターコートをオーダー頂いた。その時から私の思考の中には常に、このベルベット襟のチェスターフィールドコートというものが居座るようになった。
そして、この生地だ。上品で贅沢な光沢と手触り、そしてビンテージらしい重厚感。美しいシルバーグレーの色合い。これこそ、ベルベットの襟にふさわしい生地である。
たっぷりとした肩、美しくロールする襟。そしてカシミアのドレープ感。Nicola Giordano ニコラ・ジョルダーノのコートは全てにおいて、チェスターフィールドらしいエレガントさを実現している。
ハンドワーク。
手作業の跡が、まるでその職人の手が見えるかのように各所に残されている。美しさは簡単に作られるものではない。無限とも言えるハンドワークによって、少しずつ実現されるものである。
クラシカルなベルベット襟に合わせた、チェンジポケット付きのフラップポケットだ。シンプルなディテールはポロコートに比べれば質素に感じられるが、このシンプルさが力強く、むしろ鮮烈なインパクトを与えてくれるシーンもある。
Nicola Giordanoのタグがよく似合う。
このエレガントなコートは、実は赤いセミ・クラシックのフェラーリに乗る30代前半の男性にご注文いただいたものである。それも初めてのビスポークということで、実に素敵なチョイスだ。
このビンテージ・カシミアは同じものがあと3mだけ残っている。ということで(その生地が売り切れさえしなければ)次の私のコートは決まっている。これと全く同じシングルのチェスターフィールドだ。