洋服バイヤーあるいは《一時預かり人》の使命

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今日は実に本質的なお話と申しますか、ナポリの洋服についてとても重要なお話をさせていただきましょう。

ただし2月11日からのキャンペーンを含む「お得なお話」はありませんので、どうかご容赦下さいませ。

《一時預かり人》という感覚

さて、最近のインスタグラム投稿でご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

私は実にマイナーなモデルのフェラーリを手に入れ、時間を見つけては乗っております。

これは2006年の型で、もはや15年前の車になるのですが、走行距離は1.2万キロと浅く内外装共に極上車です。

こういう車は一部のマニアックなクルマ好きに言わせれば「買う」というより「一時預かり人になる」ものです。つまり迎え入れられるときに迎えいれ、しかるべきタイミングで次の人へ引き継ぐべきもの。

私もいわばこの車の生涯のひと時を共にするというような気持ちであり、我が子のように愛するマセラティ達とは明らかに異なる感覚で乗っております。

この「一時預かり人」という感覚は独特なのですが、フェラーリや一部のクラシックカーなど価値が下がりにくく、数も限られているものは、このような感覚を持っている人にしか乗る資格がないと言われています。

例えば世界に数十台しかないクラシックフェラーリの黒い極上車を、大金を払って手に入れたとしましょう。

https://petrolicious.com/

手に入れたその富豪は、自分のものになったフェラーリに乗ってふと思いました。「やっぱりフェラーリは赤だ!」と。そして彼は黒いフェラーリを綺麗な赤に塗り替えたとします。

これは車を愛する人の間では恥ずべき行為なのです。

なぜならクラシックフェラーリにはその時にしか出せない塗装の風合い、オリジナルのコーディネートなどそういったものを含めた価値があるのです。

その車を塗り替えることは、世界遺産の建物を「自分が住むから」と勝手にリフォームしてしまうようなものなのです。

そうはいっても現実にはやはり醜い改造をされてしまった個体なども多く、そういう車はフェラーリでもやはり安い値段で買い叩かれるようになります。

また現行のフェラーリでは、色や内装の細かな部分まで顧客が選べるようになりました。アクセントなども入れられるようになったため、バリエーションは無限です。

しかし個人的にはこれが後世にとっては災難になると感じています。なぜなら富裕層が必ずしも素晴らしいセンスを持っているとは限らず、奇抜で、趣味が良いとは言い難いコーディネートの車がたくさん作られているからです。(もちろん息を呑むような抜群なセンスでオーダーされる方も少なくありません)

10年、15年前のフェラーリといえば選べるオプションも少なく、だからこそフェラーリが考える「美しい車」という一貫した感性と理念を感じるコーディネートの個体が多かったのです。

バイヤーは職人の時間の預かり人

さて、なぜこんな話をしたかといえば、洋服にもやはり同じことが言えるからです。

ビスポークの洋服は車と違って、基本的に仕立てれば自分のものになります。しかしそこで忘れてはいけないことがあるのです。

それは、一着のスーツが職人の人生の50時間を背負った物であるということ。

一人の人間が、限られた人生のうちでどれだけ高みを目指せるか。職人にとっての仕事というのは、一つ一つが作品であり、修行でもあります。

その限られた時間の中でどんな物を作るかによって、職人がたどり着く「頂点」というのは変わってくるものなのです。

ですから顧客側はいくらお客様だからといって何をオーダーしても良いわけではなく、職人がその人生の一部を捧げても作る価値のあるものをオーダーすべきなのです。

これは特に私たちのようなショップが、強く肝に命じなければいけないことです。

それこそクオリティを落としたり、バイヤーの自己満足で(奇抜で、お客様に全然求められていないもの)を発注していたら、それは職人の時間を無駄にし、さらに彼の価値を下げることになります。

(人生をかけて服を作っている職人たちにコストダウンを迫るくらいなら、例えばバイヤー自身がイタリア語を覚えて通訳代を削れば良いことです。非常にシンプルですが、これができない理由はたった一つ、怠惰です。)

「うちだけの」別注でスタイルを変え、個性を主張するのは、新車の赤いフェラーリにイタリア国旗のラインを入れてオーダーするのと何ら変わりない行為です。否定はしませんが、職人のためにもならなければ、後世のためにもなりません。

私たちはある意味、職人の人生の「一時預かり人」です。お金を払うからといってもその時間を自分が好きなように使って良いわけではありません。

自分たちの服が完成して、職人が次の顧客に服を仕立てるときには、もっと美しい服が仕立てられるようになっている。

これはもしかすると、オリジナルコンディションのクラシックフェラーリをより美しく仕上げて次のオーナーにつなぐことよりも高貴な行いかもしれません。

この肉厚なSuper 180’sには職人たちが、うっとりとため息をもらしました。この「うっとり」を見つけてくるのは、バイヤーの仕事です。こういう生地で仕立てることで職人たちはより美しい服を目指し、さらに高みへと上っていくのです。

なんとも自分への戒めのようなブログになってしまいましたが、読者の皆様ならきっと普段からこのようなことを漠然と感じられていたのではないでしょうか。

そしてこんなことを書いていると「何やらランバルディの店主は厳しく、変な生地を選ぶと怒られるのだ」と思われてしまいそうですが、そんなことは決してありません。(むしろ田舎の静岡に来ていただける、こんな小さな店に問い合わせをいただけるだけで感無量なのです……)

ただ、せっかくですから職人が「Bravo!(最高!)」というような極上の生地と、職人の腕がなるような美しい仕様をご一緒にチョイスしようではありませんか!とそういうわけなのです。

それでは、ご機嫌よう。

 

P.S. 2月11日〜キャンペーンのSartoria Piccirillo オーダー特典のCamiceria Piccirillo カルロリーバ生地シャツですが、6枚ご用意したところ、すでに予約で残り3枚になってしまいました。当店で何かオーダーされたことのある方なら全て対象です。ご検討されている方は是非お早めに。