……私はいたく感激していた。信頼、そして心のつながりがどれほど美しい結果をもたらすか、身をもって実感していたからである。
ことの成り行きはこうだ。昔からの知り合いの古い仕立て屋が、ついに2021年末に店をたたむことになった。ナポリ仕立てに傾倒する前から、私が世話になっていたビスポークの仕立て職人だ。
彼は敬意をもってビスポークの洋服を取り扱う私の商売を、心から称賛してくれた。そして仕立て屋を閉めるにあたって、持っている生地を全て無償で私に譲ってくれると言ったのである。
あまりの感動に、私はついつい頷きたくなるのをこらえた。生地の数は棚一つ分だから、せいぜい10着分ほどだ。そこで私は言ったのである。
「度々助けられてきた身として、そして商売人として、タダで受け取ることはできません。全て仕入れた時の価格で買い取りますから、値を仰ってください」
と。私の人生において、これほど自分の行為を誇りに思ったことはない。職人も大いに感動した。私は早速生地棚に向かい、大事そうにしまわれていた生地達を引き出した。
…………..私の顔面が一転して蒼白になったのはこの時である。
なぜなら生地をよく見れば、上から3着分は見たこともないほど美しいピュアカシミア、その下はロロピアーナのカシミアシルク、そしてエスコリアルのスーツ生地、そしてさらに2着のビキューナ混モヘアだったからである。
しかし最大の誤算はそれではなかった。その生地たちの下に置かれている「何やら木箱のようなもの」を開けたところ、このように書かれたものが入っていたのである。
Holland & Sherry 100% Vicuna
このときばかりは、私は全てのプライドも悪魔に売り払って「やっぱり無償でいただいて帰ります」と言わんばかりであった。しかし寸でのところで思い直した。私にはブログがある。あの馬鹿げたブログがきっと私を救ってくれるだろう…….!とそう判断したからである。
A Tailor’s Treasure《ある仕立て屋の宝物》
ということで、新年早々にキャンペーンである。しかもその内容は贅沢極まりない。一つずつゆっくり紹介していこうと思う。
まずは本命とも言えるこの生地だ。
【売り切れ】① Holland & Sherry 100% Vicuna
包み隠さず言うならば、100%ビキューナの生地を見るのは初めてではない。いやもっといえばこれまで何度も「ビキューナを買わないか?」という話は他所からあったのである。しかし今まで全てを断ってきた理由がある。それは保管状態だ。
このビキューナ生地が織られたのは、少なくとも30年以上前だ。ビキューナはもともと贅沢な手触りを持つ極上の生地だが、保管状態が適切でなければ脂が抜けてしまうし、毛並みが荒れて美しい表情でなくなってしまう。
その点今回のビキューナのコンディションは最高だ。
手に取った瞬間から圧倒的な状態の良さを感じたのである。しっかりと毛並みが揃い、最高級のカシミアをも凌ぐ美しい光沢を持つ。そしてしっとりとした手触りは、神の繊維という言葉に恥じぬものだ。
宝物を手に入れるのは難しい。しかし愛されて保存されてきた宝物を手に入れるのはもっと難しい。このビキューナは後者である。
ところで今100% ビキューナのコートをメゾンブランドで仕立てようとしたら、一体いくらになるものだろう。ロロピアーナやキートンでは600万円以上とも言われているし、そもそも仕立てられるかどうかも確かではない。
それに対してこのビキューナは実に「ランバルディ的な」価格だ。しかももっと重要なことに、質が飛び抜けて良いのである。
ビキューナといっても生地の質は様々だ。その点このホーランド&シェリーのビキューナは素晴らしい。美しい毛並み感と、優雅な光沢はもちろんのこと、500g/mという圧倒的に贅沢な目付けだ。今ビキューナで仕立てようと思ったら、もっと軽いものしか手に入らないのが普通である。
もう一つだけ付け加えよう。この生地はビンテージとしては非常に珍しく、2.5mある。どういう意味かといえば、通常サイズならポロコートも仕立てられるということだ。
恐らく100% ビキューナのコートがこのブログに登場するのは、これが最初で最後だ。そんな貴重な生地がキャンペーン価格になるときたら、ちょっと無理をして仕立てるのも悪くない。なぜならこれ以上贅沢なコートは存在しないのだから。
Sartoria Piccirillo チェスターコート(仮縫い、中縫い付き) 通常価格 1,524,800円 → 特別価格 1,000,000円(税込)
Sartoria Ciardi チェスターコート Bespoke 通常価格 1,723,480円 → 特別価格 1,320,000円(税込)
※ポロコートはサイズにより仕立て可否を確認のうえ、別途見積もりが必要。
※ピッチリーロの場合、注文時/仮縫い時で半金ずつの支払いも可能。
(ちなみに個人的なおすすめはピッチリーロだ。しっかりとした芯地と緻密なハ刺し、そしてアイロンワークのおかげで型崩れがしにくく、いつまでも美しいシルエットをキープしてくれるだろうから)
【売り切れ】② Holland & Sherry Vicuna / Cashmere / Mohair
このHolland & Sherry ビキューナ混モヘアの生地に関しては、当店でも幾度となく紹介したことがあり、ご存知の方も多いだろう。
しかし当店にあった4色は、私が個人的に仕立てようと思って隠していたネイビーソリッドを含め全て完売してしまった。そこへきてこの生地が出てきたのは、もはや奇跡的と言っても過言ではないはずだ。
ウールモヘアのビンテージですら、もはや良いものを見つけるのはなかなか難しい。これはそこにビキューナとカシミアを混紡した生地なのだから、希少性については言うまでもない。
だがもっと希少なのはこの色柄である。実に美しいブルーグレーのグレンチェック。エレガントなトーンでありながら、控えめに主張するチェック柄の存在感はあまりにも絶妙だ。そしてきらびやかな光沢が、そこに極上の色気をもたらしている。
しかしビキューナとカシミアが混紡されている最大のメリットは、柔らかさだ。ビンテージのウールモヘアらしくハリのある生地だが、その希少な獣毛が混紡されることで柔らかく、しなやかな肌触りとなっているのである。
さて、春夏の装いを想像しよう。真っ白のコットンリネンシャツ、美しいコニャック色の靴、そしてボルドーのネクタイか、シャツのボタンを開けて華やかなゴールド系のポケットチーフ。なんとエレガントだろう。
もちろんジャケットだけでデニムやコットンパンツに合わせるのも良い。ライトグレーのフレスコウール系トラウザーで色っぽく着こなすもの良い。絶対的に美しい洋服は、どんな着こなしでもエレガントな装いになる。
Holland & Sherry Wool – Mohair – Cashmere – Vicuna 260g/m
通常生地代(3.2m) 110,000円 → 特別価格 40,000円(税込)
価格表の工賃+こちらの価格でオーダー可能。
例 : Sartoria Piccirillo スーツ 389,400円 + 生地代 40,000円 = 合計 429,400円(税込)
【売り切れ】③John Cooper Vicuna / Cashmere / Mohair
生地としての知名度は②のHolland & Sherryに劣るかもしれないが、個人的にこのようなビキューナ混モヘアの中で最も高く評価している生地がSUMMER DIAMONDだ。
ご存知の通り、John Cooperは昔のホーランド&シェリーの名作生地を軒並み織り上げていた素晴らしいミルだ。当店でいつもあっとういうまに売り切れていたVictoryのシリーズも、織っていたのはこのミルである。
John Cooperのビンテージは何よりも織機が良い。低速の旧式織機でゆっくりと織り上げた生地は美しく華やかな光沢と、英国的な強さを最高のレベルで両立している。
そしてこのモヘアだ。これほどまでに美しいモヘアのビンテージは、正直ScabalやDormeuilの大量のストックの中から探しても見つけるのが難しい。頭ひとつ抜けてクオリティの高いモヘアである。
見るからに煌びやかな質感はビキューナとカシミアの混紡によるものだが、それ以上に美しく整った「杢目」がまるで伝説上の金の織物のようだ。そしてこの杢目こそが、この生地の唯一無二たる所以である。
そしてこの深いグリーンである。これは英国車、例えばアストンマーティンの希少なクラシックカーやジャガーのレースカーに見られるような、ブリティッシュレーシンググリーンだ。
グリーンのスーツを仕立てたことのある人は少ないかもしれないが、ブラウンよりも都会的な雰囲気さえあるし、英国趣味的なテイストを感じる。そして何よりこの生地ならば挑戦する価値があるし、これ以上に美しく華やかでありながら上品で着こなしやすいグリーンは見たことがない。
ここでは英国的な黒い靴と白いシャツで合わせよう。もちろんそれが堅苦しく感じるときは、いつものごとくジャケットだけワードローブから持ち出して、デニムの上に羽織っても良い。
もし名乗りを上げなければ、きっと今年の夏頃に店主が自慢げに着こなしているのを見ることになるだろう。
John Cooper Wool – Mohair – Cashmere – Vicuna 260g/m
通常生地代(3.2m) 110,000円 → 特別価格 40,000円(税込)
価格表の工賃+こちらの価格でオーダー可能。
例 : Sartoria Piccirillo スーツ 389,400円 + 生地代 40,000円 = 合計 429,400円(税込)
さて、あまりにも長くなってしまったので今日はここまでにしておこう。
数日中にカシミアシルクのジャケット地(こちらは実に華やかなエメラルドグリーン)と、ブラウンのスーツ用エスコリアル、それからいくつかのカシミアコート生地を紹介することになるはずだ。
しかしこの《ある仕立て屋の宝物》の中で「ビキューナ」に関する物語は、一旦終った。