BARNFIND VINTAGE 忘れられたビンテージ

時間というものは常に無常なものだ。

熱狂的に受け入れられたものでさえ、あっという間に忘却の彼方に運んでしまい、天才的な人々によって生み出された素晴らしいものですら記憶の遠く彼方へと置き去りにしてしまうのである。

しかし同時に、時間がもたらす感動というものも無視することはできない。「見直される」「再発見」とはよく言われるが、ある一定の時間が経つことで物事に新たな魅力が宿ることがあるのだ。

2017年、岐阜の山奥の納屋で埃かぶって朽ち果てた一台のフェラーリが見つかった。365GTB/4 デイトナと呼ばれる価値のあるグランドツアラーだが、何よりもこれは世界に一台しかない特別な個体だった。30年以上も農具と共に忘れ去られていたので、車体は劣悪なコンディションだった。

この車はサザビーズオークションにそのままの状態で出品された。そして積もる埃や納屋のストーリーと一緒に、2億3500万円で落札されたのである。

これは史上最も印象深い Barn Find バーンファインド…すなわち“納屋もの”としていまだに語り継がれている。

Barn Find Vintage

さて、今回の生地達は決して山奥の納屋で発見されたわけではないが、その価値と経過した月日を考えればバーンファインド・ヴィンテージという命名は決して大袈裟ではない。

以前はヴィンテージ生地の提案が多かった私も、最近は20年以内に織られたデッドストック生地を主に紹介していた。というのも40年、あるいは半世紀もの時間を閉じ込めてきたヴィンテージ生地というのは、最近のカジュアルな潮流の中では幾分異質に感じられたからだ。

しかしどうだろう。

アンコンストラクテッドな誇張されたナポリ風ジャケットの一大ブームが去り、何でもかんでもビスポーク熱に浮かされる時代が去り、サルトリアには以前のような穏やかな空気が戻った。

そして結果として、本当にイタリアとナポリのサルトリアが仕立てる服を愛してやまない人々だけがこの世界に残ったのである。

そこで私はある部屋の片隅の生地棚から、重々しいウーステッド達を下ろしてみることにした。

なんと美しく、懐かしい生地達だろう!

純粋な気持ちで生地を追い求め、旧式織機の騒々しい動作音が聞こえるようなヴィンテージ生地達を、半ば狂乱の中で買い集めていた日々ときを思い出さずにはいられない。

そしてすぐに確信したのは「これは、今こそもう一度光を当てるべき生地達だ」ということである。そう、今ここでブログを読んでいるナポリ仕立ての真髄、最も深い部分を求める人のために。

① Dormeuil 1960’s Stripe

秋冬物 約340g/m やや起毛感のあるウーステッド

半世紀前のウーステッド、というだけで心が騒ぐのは私だけではないだろう。しかしそれだけではない。これはあのドーメルのウーステッドだ。数あるヴィンテージの中でも、ドーメルの人気は群を抜いている。なぜならドーメルは、この時代を語る上で欠かすことのできない存在だからである。

しかし私はむしろ、この生地そのものが持つ空気感に惚れ込んでしまったのである。

以前一度1950年代のドーメル生地をブログで紹介したことがあるが、これはまさにそれと同じ質感だ。打ち込みの良さ、そしてコシの強さ。しかし手触りはしなやかで弾力があり、まるでエルメスのレザーが何かのようだ。そのうえ生地自体は薄く、一切のルーズさを感じさせない。

こういう生地は仕立てたときに、まるでローマ彫刻のように躍動感のあるシルエットを描いてくれる。にも関わらず生地自体が薄いのでディテールはハンドカットされたクリスタルのようにエッジが立ち、ラペルは日本刀のように鋭く仕上がる。

この質感だけでも、あまりに希少だ。そのうえ、この色柄である。

普通のストライプならここまでの雰囲気にはならなかったかもしれない。これは絶妙なピンストライプだ。一見して60年代を思わせるクラシカルな趣と、無地のように使うことのできるモダンさを兼ね備えている。(ここまでピッチが狭ければストライプというよりも、織柄に近い効果が得られるからだ)

平日には白シャツにえんじ色のネクタイを締めて着れば往年のナポリの紳士のようにエレガントに、大人の余裕を感じさせる装いになる。休日になったらクリーム色のタートルニットと合わせてカジュアルな靴で着こなそう。2022年の秋冬コレクションと言われても全く違和感がないし、むしろ無地よりも着こなしやすいくらいだ。

② Hield “The Finest”

秋冬物 約360g/m ウーステッド

ウーステッドの世界は広い。様々なブランドが、最高を目指してクオリティを競い合う世界でもある。テイラー&ロッジのゴールデンベールや超高番手なウールを含めれば、上方向への選択肢は無限といえるだろう。

しかしこの着分のウーステッドは、文句なしにThe Finest(最上)だ。カシミアでも、ビキューナでも足を踏れることのできない純粋なウーステッドウールというジャンルにおいて、これ以上の生地は存在しないかもしれない。

まるで世界中に存在する最も柔らかい素材を全部集めてきて一枚の生地に「みっちりと」織り上げたかのような質感だ。あるいは天才的なブーランジェが焼いた柔らかくて大きな白パンを、子供がぺったりと潰したような感じにも近いかもしれない。(この時代の最高級ウールというのは、そういう馬鹿げた例えでしか表せない独特のもっちり感があるものだ)

しっとりと柔らかく、しなやかで、光沢には艶やかなさがある。それでいて音を立てるようなコシの強さと、ゆっくりと織り上げた目付けの良さを高いレベルで兼ね備えている。こういう生地はサルトにとっては、自由自在に曲げることのできる大理石のようなものだ。息を呑むような造形美を持ったスーツに仕上がる。

チャコールグレーの色合いも実に美しい。わずかなメランジ感がありながら起毛感のない仕上げなのも素晴らしい。スーツになったときに十分にドレッシーに仕上がるし、それでいて特別感のある一着になる。

…しかしこの質感はどうにも覚えがある。

Holland & Sherryの幻のヴィンテージ生地、ヴィクトリーである。厳密に言えば素材が異なるが、手触りも雰囲気もヴィクトリーを更に凝縮して、濃密にしたような感じだ。

とすると、この生地はバーカウンターで一人小さくため息をつく美女のようなものである。(それが昔片思いをした女性かどうか考え続けるのは実に馬鹿げたことだ。)チャンスを掴もう。

③ Scabal Golden Leaf

秋冬物 約320g/m ウーステッド

正直に言って、この生地の登場には私が一番驚いている。もう遠い昔に売れてしまった生地だとばかり信じていたからだ。

ScabalのGolden Leafという傑作をこの店で紹介したのは今回が初めてではないし、それどころか開店以来一貫して「最もラグジュアリーかつ、最も気兼ねなく着られるウーステッド」として強烈におすすめしてきた生地だ。

おすすめだからこそ、どんどん売り切れてしまった。最もお気に入りだったネイビー無地は開店して最初にご来店いただいたお客様にお選び頂いたし、ネイビーグレーのバーズアイもグレンチェックも紹介するたびに売れていった。20着以上あった在庫も残すところグレンチェック1着分……と思っていたのである。

だからこれはある意味本当のBarn Findである。すっかり記憶から抜け落ちて、忘れ去っていた生地なのだから。そして、何を隠そう。これは唯一、自分で仕立てようとして買った色である。

美しいブルーがかったグレー。往年のクラシックカーのような、透き通った色のヘリンボーン。今では腑に落ちる。私はこの生地が売れないように店頭から下げて隠したのだ。そしてそのまま、忘れ去っていたのだ。多くの納屋ものフェラーリのように。

このゴールデンリーフという生地について、細かなうんちくを書き立てる必要はないだろう。簡単に言えば、一度手に触れるだけでヴィンテージ生地の世界の中心へと飛び込めるような代物だ。

—— 20世紀には、ありとあらゆるものが発展途中だった。車にしたって馬車にエンジンが乗ったような性能だったし、そのスペックは現代の軽自動車よりもよほど低かった。しかし数値で表せない部分については、その一つ一つが手作業の博覧会のようなものだった。美しいボディラインは職人が手作業で打ち出していたし、塗料は手で塗りつけていたし、使われるレザーは今じゃバッグでもお目にかけないような一級品だった。21世紀に生きる私たちは数値化されたスペックの代償に、そういった目に見えない贅沢を失ったのである。

Golden Leaf の耳には、Super 90’sという織りが入っている。Super 90’sである!今やSuper 120’sだって大手量販スーツ店で安く売られているし、Super 150’sにもなってやっと高級素材というイメージだ。

しかしこの生地を手にしたとき、そういう考えは全て吹き飛ぶだろう。圧倒的な高級感、滑らかな手触りにダイヤモンドのような輝き。そして凛としたハリ感。

原毛の太さがSuper 90’sだったとして、その羊毛が現在では手に入らないほど上質だったら、どんな生地になるだろう?その答えがGolden Leafだ。

BARNFIND VINTAGE 忘れられたビンテージ

ヴィンテージ生地のことになると、つい話が長くなってしまう。

しかし素晴らしいものとはそういうものだ。難しいメッセージが秘められた映画を何回も見たくなるように、奥行きがある世界こそ面白い。

すべての生地が1着のみ。もちろん早い者勝ちである。

① Dormeuil 1960’s Stripe 通常生地代 78,000円 → 30,000円

② Hield “The Finest” 通常生地代 55,000円 → 20,000円

③ Scabal Golden Leaf 通常生地代 60,000円 → 30,000円

※全て税込。どのサルトリアでも仕立てが可能。工賃はPRICE LISTをご覧ください。

※キャンペーンにつき、取り置きは事前決済でのみ可能です。

ビスポークのアイデアは無限だ。でも、私ならニコラ・ジョルダーノで仕立てるかもしれない。なぜならこういう生地での仕立てが彼らはとても上手だから。

それでは、ご機嫌よう。