いったい何年が経っただろう?
私の店の生地棚では、多くの生地が惰眠を貪っている。あたかもガレージで埃を被るマセラティや、棚の奥底でそのときを待つビンテージワインのようである。
しかし生地はそういったものに比べて圧倒的に優れtいる。なぜなら埃を被ったマセラティは明らかに劣化していて相当なレストアが必要だし、ワインは相当良い保管でなければ味が劣化するか……ピークを過ぎたりしている。
それに比べて生地は、相当扱いがまずくない限り、最高のものが常にそこにある。30年前に素晴らしかったビンテージ・モヘアはまるでタイムカプセルのように素晴らしいままだ。そしてその希少性と貴重さは、語るまでもないだろう。
この「生地棚」の面白さは、ビンテージまでいかないデッドストックでも同じだ。こちらはいわばガレージセールである。もうバンチからは手に入らないような生地を、現物で見ることができて、しかもお買い得に買うことができる。
今月は【サマーセール特別企画 Rambaldi’s Stock】として、数回にわたり、ランバルディの生地棚に眠っている素晴らしいタイムカプセル達を、様々なテーマで分けて紹介していこうと思う。
この円安と物価上昇、そしてうだるような暑さを打ち砕くためには、挑戦するしかない。今までにも類を見ないような限定価格で人々を迷わせようと思う。
今回のテーマは…. Blu Mistero ミステリアスなブルーだ。
Blu Mistero No.1 《NOTTE D’AMALFI》
アマルフィは心を揺さぶられる場所だ。たった一度しか訪れなかったとしても、その景色はその人の人生を決定的に変えてしまう。海、生活、夕焼け、食前酒、風、山沿いを走る道、そして夜。
この場所の夜はまるで聖書の中の世界だ。聖書の冒頭(創世記)で「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた」という文章があるが、まさにそれを思わせる風景だ。
昼間は水色に輝き、見るものを永遠の青春に誘うような海が、月の光を受けて輝く。風が穏やかな海面にさざなみを作り、そこで宝石を転がしたように光がちらつく。
この生地はまさにその情景を描いたようなものだ。月の光で輝く海の濃い青にちらつく、鮮烈で明るいブルーのメランジ。大柄のヘリンボーンはまさにあの、感情を揺さぶるさざなみのようだ。
この生地で仕立てるなら手の込んだポロコートでも良いが、シングルのチェスターコートはどうだろう。
ネクタイとスーツを着込んで羽織るクラシックなコートとしても良いが、ジャケット替わりに着こなすカジュアルなコートとしても美しい生地だ。
私ならフラップポケットにシングルステッチのチェスターコートだ。特注で黒蝶貝の宝石のようなボタンを用意して、エレガントさをぐっと強めて、イタリアの夜を歩く紳士のように気品高く。
上は黒に近いネイビーのタートルネック、下はグレーの美しいビスポークトラウザー。ゴールド金具のクロコダイルのベルト、金無垢のドレスウォッチ……他に必要なものは何だろう? (おそらくこの他に必要なのは、知性か教養といったアクセサリーだ)
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Nicola Giordano ポロコート
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Blu Mistero No.2《VINTAGE SAXONY》
忘れることのない7月、私は灼熱の中でナポリを彷徨い、ある場所で秘密の生地屋を発見した。それは当ブログで幾度となく登場したあのビンテージ生地屋だ。
最初に訪れた時、私は1着だけグリーンのジャケット生地を買った。その生地には耳もなく、どのメーカーがいつ頃、なんの素材で作ったかすらわからなかった。
私はその生地を持って仕立て屋に行った。すると彼らは目を輝かせて「こんなに素晴らしいビンテージが日本では手に入るのか!奇跡だよ」と口々に言った。私は賢明だった。なぜならばその生地屋がナポリの、あれほどにも突拍子もないところにあることを黙っていたからである。
2回目にそこを訪れた時私はこの生地を見つけ、買い占めた。青……それも限りなくグレーに近い硬質の青。一目惚れである。
イタリアな青とは何だろう?あの、目の覚めるような地中海の青だろうか?半分正解で、半分誤りだ。なぜならイタリアの青とは多様性そのものだからだ。
しかしその中でエレガント・ブルーといえば、この青のことをいう。決してネイビーの類ではなく、かといって鮮烈なブルーでもない。ぐっと控えた青みに色気を醸し出すトーン。これは青々したブルーよりも黒髪の日本人によく似合うし、誰が着ても嫌味なく、それでいて上品に見える。
いわゆるサクソニー的な生地だが、美しいカシミアシルクのような光沢感がある。実にしなやかな手触りでうっかりウールの弱起毛生地であることを忘れてしまうほどである。もともと起毛感が強過ぎないのでビジネスでも着用できるし、かといってドレス感も強過ぎないのでカジュアルで着ても仕事っぽさはない。
ジャケットを仕立てるなら、合わせるのはライトグレーのフランネルトラウザーだ。これはイタリアでも、最も優雅な着こなしをする本当の富裕層が好んで用いる配色だ。
もし悩むなら、スーツでも良いだろう。往年のキートン風に少し控えめな仕立てでオーダーし、黒やグレーのニットで着こなしたらどれほどエレガントなことか。合わせる靴はうわついた感じのない濃い茶色か黒、それかネイビーが良い。
このブルーを見ていると、なぜか着こなしのことばかり考えてしまう。それほどまでに魅惑的なのだ……。
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Sartoria Caracciolo ジャケット
もちろん他のブランドでの仕立ても可能。
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Blu Mistero No.3《BLU NELLA NEBBIA》
La Ragazza Nella Nebbia(霧の中の少女)というイタリア映画がある。
これは霧の立ち込めるイタリア北部の町で起きた奇怪な事件を辿る映画で、実に印象深い一本なのだが….まあそれについては皆さんに実際に見ていただくことにしよう。
Nebbiaというのは霧のことで、このブルーはまさにその霧の中にいるような、わずかにくすみがかった青だ。いつもの鮮烈なブルーとは随分趣が異なるが、それもそのはずこれは英国Standevenの生地である。
このブルーの美しさは着たことのある人なら皆知っている。例えば通常の濃いネイビーだと明るい色のシャツやストライプシャツを合わせると、シャツだけが浮いてしまいがちだ。しかし、この青であればシャツとジャケットが驚くほど良く馴染む。かといって青が強いわけではないので、カジュアルな雰囲気になり過ぎない。
明るい青や、彩度の高い青になるとスーツでは着こなしが難しくなりがちだ。それに比べこのスモーキーな青は非常に自由度が高い。
黒のシューズに合わせればかなりビジネスライクになるし、茶系の靴を合わせればイタリアの洒落者のように着こなすこともできる。通常のネイビーと違って白パンと合わせてジャケット使いもしやすく、グレーやブラウン系のトラウザーも種類を選ばず履ける。
このStandevenの生地に極端な華やかさはないが、その代わり実にタフで心強い生地だ。強撚糸なのでシワに強く通気性に富み、夏場でも蒸れることがない。だがよくあるフレスコのように沈んだトーンではなく光沢があってさらりとした手触りなので、あくまでラグジュアリーな雰囲気だ。
私ならサルトリア・カラッチオーロで軽快なスーツに仕立てるだろう。柔らかい芯地のナポリ仕立てと、英国のハリのある強撚糸の生地の組み合わせはジェラートとコーヒー並みにマッチする。それに一度生活に入り込むと、もうそれ無しで過ごすことができなくなる。
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どれも一点限りの限定なので、売り切れ次第終了である。
お問合せはコンタクトフォームから。
※現在 ヨーロッパ内でのナポリ仕立て需要の高まりに人員不足や資材不足が重なり、納期が通常よりも長引いております。ご不便をお掛けいたしますが、予めご了承くださいませ。