Chi son? Sono un poeta. Che cosa faccio? Scrivo. E come vivo? Vivo.
In povertà mia lieta scialo da gran signore rime ed inni d’amore.

僕は何者か? 詩人です。何をしているか? 書いているのです。
そしてどんな風に生きているのか? 僕は生きているのです!
貧しさの中で 僕の幸せは紳士の贅沢 、愛の詩と賛歌…。

(Che gelida manina – La Boheme)

こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。これは特に自己紹介というわけではなく、今ちょうど私の部屋で流れていた音楽 La Bohemeの一節です。しかしなんと美しい詩でしょう。

「どんな風に生きているのか? 僕は生きているのです!」

何を持っているか、どんなステータスがあるか、そして人に比べてどんな暮らしをしているのか。そんなことではなく単純に、生き生きと自分の人生の一瞬を楽しんでいるのだと。なんと気の利いた自己紹介でしょう。19世紀の合コンであれば、実に好印象なセリフに違いありません。

しかし残念なことに、現代において状況はもうすこし複雑です。

2019年には詩人、音楽家、画家と哲学者以外にも様々な職業があり、多すぎる人口と溢れる情報の中で、私たちは的確かつ簡潔な自己紹介をしなければならないのです。

とはいえ、もしLa Bohemeのロドルフォがこのように自己紹介をしたらどうだったでしょう。

僕は何者か?

詩を書くのを仕事にするのが夢です。主には愛と人生の賛歌をテーマに描きたいと思っています。今は雑誌にちょっとした文章を寄稿して、報酬をもらって生活をしています。住んでいる家は屋根裏部屋でエレベーターがないのですこし不便ですが、パリ5区でカルチェ・ラタンからもそう遠くありませんし、アクセスも良い場所です。同居している音楽家に比べれば給料は良くありませんが哲学者よりは将来も安定していると思います…。

きっとLa Bohemeの美しく儚いロマンスは始まらずに終わったことでしょう。

同じように現代でも、初見の場所で長々と自分のステータスや仕事を語るのはエレガントとは言えないでしょう。かといって全く自分を理解してもらえなければ、大きなチャンスも逃してしまうかもしれない。

しかし心配する必要はありません。私たちにはビスポークの服があるではありませんか…。

自分を表す服を着ること

ローマから北に70km離れたヴィテルボの市街地で弁護士事務所を持っている男性が、有名なテルメ・ディ・パピ(温泉)でリラックスしていたとしましょう。きっと彼が弁護士であることを一目でわかる人はいないでしょう。

しかし、もし彼が庶民的なトラットリアでオルヴィエートの白ワインを片手にカルボナーラを食べていても、いつものチャコールグレーのスーツに白シャツを着ていたら、彼が弁護士やそういった仕事をする人物だろうということは、何となく想像できるものです。

つまり服は、言葉よりも自己紹介になるということなのですね。

他にも常に黒っぽい色をスマートに着こなしている人と、ブラウンやベージュを着ている人では、そこから連想される人柄も異なります。冷静沈着、無駄を嫌う合理的な男性がいつもベージュのジャケットにブラウンの革靴を履いている、ということはそれほど多くないでしょう。

このように、着る服を選ぶときに最も大切なのは、それがどういうブランドであるかでも、どれだけ人気なブランドであるかでもありません。本やインターネットに書いてある「この色を着るべき」や「日本人に似合うのは〜」という言葉は参考にすれど、それに従う必要はないのです。

最も大切なのは、自分を表すような服であるということです。色や柄に始まり、仕立ての雰囲気、そして着こなし方に至るまで。あなたを知る人が「あの人らしい」と一瞬で思うような選び方が、最もエレガントなのです。

例えば紺のスーツはベーシックな服で、誰もが持っているべきだと言われています。しかし、もし仕事が私服の人でしたら、紺のスーツを無理に着る必要はありませんし、逆に少しカジュアルな色や柄を取り入れてみる方がむしろ普通の着こなしになるはずです。逆に人によって紺が似合わず、むしろ明るめのグレーやベージュが似合う人もいるでしょう。

また同じグレーでも、ややグレージュがかった温かみのあるグレーが似合う人と青みがかったブルーグレーが似合う人がいます。チェック柄では若さのあるシンプルなウィンドウペンが似合う人も、様々な色の入ったガンクラブが似合う人もいます。

自分はどんなライフスタイルなのか?どんなキャラクターなのか?またはどんな人物像を目指したいのか?

そういうことを踏まえたうえで、服を選んでいる人、そしてそこにある種の一貫性があり、一本筋が通っている人は、オシャレに見えるものなのです。

自分に似合う服を知るには「経験」が必要

パーティ参加用に仕立てたスーツとスペアのグレーのトラウザー。「らしくないですね」と何人に言われたことでしょう…。

ではどうやったら自分を表すような服を選べるようになるのか。

必要なのは一つだけ、「経験」といえるでしょう。

残念ながら自分に似合う色、柄、シルエット、そして着こなし方というのは、実に色々なものを試してみないとわかりません。私がやや皮に近い部分のスイカ色のジャケットや、粒入りマスタード色のトラウザーや、ずんだ餅色のシャツを作って、そのうちのいくつかを失敗しているように…。

何着も仕立てたことのある人は、ネイビー無地のジャケットでさえ、自分に似合うトーンと似合わないトーンがあることに気づいているはずです。(ちなみに私もごく最近自分に似合わないネイビーのジャケットを作ってしまい後悔しているのですが、このジャケットはナポリでそのサルトリアに行くときに着る専用ジャケットとなるでしょう)

しかしその経験に基づいてスタイルを確立した人の着こなしからは、一目でその人らしさを感じ取ることができます。

大事なのは服を選ぶときに、自分でよく考えることです。

もちろん店員さんのおすすめや、そのときのトレンド、または自分の気分というものにも随分影響されるのが服選びです。しかし最終的には、その服が自分らしいかどうか、鏡で見て似合うかどうかを冷静にみることです。もっと言えば自分がよく行くカフェやレストランに馴染むのか、自分の乗っている車に馴染むのか、つまり自分のライフスタイルにその服が溶け込むかどうかを考えるのが大切です。

またその服が似合っているかどうかは、同じようにスーツやジャケットなどの服が好きな仲間よりも、自分の家族や服に興味のない人に見てもらうのが良いでしょう。私も含めて服が好きな人は仕立てたサルトリアや生地の希少性など、純粋な見た目以外の要素にも魅力を感じています。すると、似合っているかどうかという純粋な評価がしにくいのです。

ファッションに限らず、車や写真の世界もそうなのでしょうが、基本的に趣味の世界では褒め合うことが一般的です。冷静な意見を聞きたいときには、その世界にいない人に聞いてみると正直な感想をもらえます。

自分でよく考え、人に率直な感想をもらいながら選んでいるうちに、自分に似合うものだけが手元に残っていく。すると、自分の中に「こういうものはぜひ取り入れたい」「こういうものは避けたい」という基準ができていきます。

最終的に誰が見てもそこに筋が通っていることがわかるようになり、スタイルが確立してくるのですね。

 

あるとき当店のお客様がご来店後に某地方銀行の本社ビルに仕事で行く予定だと聞き、自分の車でお送りしたことがありました。しかし目的地に着いた瞬間、お客様がこらえきれずこうおっしゃったのです。

「大橋さん、ライトブルーのジャケットもマセラティのクーペも、ものすごく銀行本社ビルに似合いませんね」

「はい、なぜか私にはあまり縁のない場所のようで…」

いえ、私は嬉しかったのです。

スタイルがなければ、どこにいても何も違和感はないでしょう。似合わない場所や生活があるということは、その人らしい場所、そしてライフスタイルがあるということなのですから…。

こちらの記事もおすすめ
Latest Posts from PROFESSORE RAMBALDI

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA