THE LAST ONE 最後の一片

物事の始まりというものがドラマチックで高揚感に満ちているのに比べると、物事の終わりは往々にして平凡だ。

まるですっと糸が切れるように静かに訪れ、そして最初からそこに何もなかったかのように居座る。これが現実のエンドロールである。

美しいビスポークスーツの世界は、決して流行とまでは行かないが地下水脈のように続いている。一時は存続が危ぶまれたナポリ仕立ての文化も、それぞれの形はあれど継承されつつある。

だがその横で、まるで気づかないうち溶けるアイスコーヒーの氷のようにそっと消えようとしているものがある。

それがビンテージ生地だ。

今回の出張で私はあることを肌で感じている。それは質のいいビンテージ生地が明らかに、ここ半年で枯渇しつつあるということだ。

1〜2年前までは生地棚をひっくり返せば何かしら貴重な生地が落ちてくるものだった。しかしもうその時代は終わった。最後の最後まで採掘し尽くして、やっとの思いで1着分を見つける。今はこんな様子だ。

L’ultimo Taglio – The Last One

私がよくブログで書いているあの老舗の生地店の在庫は、もう最後の1着分まで探し尽くしてしまった。だが最後に、これを見つけた。おそらくこのブログで紹介するのは最初で最後になるだろう。

1959年製、ヘビーウェイト、正真正銘のビンテージ・アイリッシュリネンだ。

THE LAST ONE

先日紹介した1951年製にシルク&リネンは(ブログ掲載から数時間で売り切れてしまったが)奇跡だった。なぜならあのような生地は存在することすら知られていなかったし、コンディションも甘美な風合いも含めて神がかったレベルだったからだ。

一方このビンテージ・アイリッシュリネンは明らかに年代を感じさせる代物だ。実に古典的で、まるでギリシア神話から飛び出てきたような荘厳さと、仰々しさがある。

北アイルランド原産のリネンで織られていた頃の生地は、明らかに風合いが異なる。まるで最高級のサマーキッドモヘアにシルクを織り込んだような光沢。そして大小様々な撚り糸が交互に走る、ビンテージリネン独特の杢目。

それにしてもここまでヘビーウェイトに織られたものは珍しい。手のひらに乗せるとずっしりと沈み、広げればまるで英国製の重厚なウーステッドのように丸みを帯びたドレープを描く。

ビンテージアイリッシュリネンの糸が希少すぎてg単位で取引されていることを考えれば、このずっしりとした2mには天文学的な値段がつくだろう。

イタリアのリネンよりもアイリッシュリネンを推す理由は、とにかくジャケットに仕上がったとき、そして着用したときのシルエットが明らかに後者の方が美しいからだ。目の詰まったリネンはウールのようにすらりと落ちるラインを描き、着込んでもその美しさを失わない。

ビンテージのアイリッシュリネンが良い理由は、とにかくその質感だ。現行生地のような硬さが一切なく、まるで細い銀の糸を編んで作ったかのように滑らかでしなやか。にも関わらず腰が強く、サルトはまるで大理石の彫刻のように美しいシルエットを描くことができる。

にしてもどういう天の悪戯なのか、またしてもグリーンである。どうやらグリーンの魔力に、私というよりは店が取り憑かれているようだ。

褪せたビリジアン・グリーン。青空の元では少しブルーがかる。まさか初登場のビンテージ・アイリッシュリネンが….それも1959年製の生地が、この色で登場するとは誰も想像しなかっただろう。

誰にでも似合う色かと言われればそうではないかもしれない。しかし、かと言って難しくはない。それどころか、白いリネンのシャツや薄いブルーのシャツを着たとき、これほどに美しい色合いのビンテージリネンを見つけるのは難しい。

一体どんな人がこの「最初で最後のビンテージ・アイリッシュリネン」でジャケットを仕立てるだろうか?

想像がはずむ。それに酒が進む。なぜならこれは L’ultimo Taglio – The Last One “最後の一片” ……そう、これで終わりなのだから。

THE LAST ONE

1959 Vintage Irish Linen

Sartoria Piccirillo JK 仮縫い・中縫い付きビスポークMTM ¥543,400 売り切れ

東京(渋谷オフィス)もしくは静岡にて採寸、仮縫い。チャルディは次回トランクショーにて仮縫い。

※Sartoria Ciardiは半金でのオーダーが可能です。希少な生地のため生地のみのお取り置きはできませんが、ご了承くださいませ。

お問い合わせはコンタクトフォームから。