THE SHADES OF BROWN ブラウンの陰影

ジャケット生地を巡る冒険はいつもエンドレスだ。例えばスーツならばチャコールグレーやネイビーのウーステッドで完結するところも、ジャケットとなればそうはいかない。

どんな色か?という点に加えて、生地感、光沢感、重量感、いくつもの要素が絡まり合って、常に注意深い選択を迫られる。

なぜならジャケットはスーツ以上に、その人の顔だからである。その人のジャケットは、その人の装いに関する感覚を端的に表現するがそれだけではない。その人の性格、テイスト、ライフスタイルまでを鮮烈な油彩画のように表すのである。

そこで……ブラウンの陰影だ。ブラウンのジャケットは一眼で着道楽であることの分かる個性を持ちながらも、決して嫌味にならずどんな人でもさらりと着こなすことのできる控えめなエレガンスを兼ね備えている。

今回はそんなブラウンのジャケットの中で、とっておきの二着を紹介しよう。

DRAPERS SPUN CASHMERE

どうしてだろう、私たちにとってブラウンのジャケットというものには特別な憧憬がある。

その中でも思い浮かべるのはいつも、ブラウンのヘリンボーンだ。美しく深いトーンに、表情豊かなやや広めの織り模様。光のあたり具合によって明るいブラウンが浮かび上がり、限りなく続く森林の中で深呼吸をするような清々しさと、ウォームな風合いを兼ね備えている。

まさにこのDRAPERSのスパンカシミアは、私たちがイメージする生地だ。濡れたような光沢に、カシミアの艶やかさで官能的な手触り。それらをぎゅっと凝縮して、英国のスーチングも顔負けの緻密なスパンカシミアとして織り上げたジャケット生地。

決して非常に珍しい生地ではないが、だが非常にラグジュアリーな一着だ。そのために日本で見かけることは案外少ない。

ジャケット生地としてはこれ以上に「贅沢なベーシック」は存在しない。一見して最高級の生地であることが分かる極上の質感でありながら、目付けが良く着込んでも着崩れしない。また着用を重ねるごとに風合いを増し、表面が柔らかみを帯びていくというDRAPERSの特性は、もはや価格以外の点では様々なジャケット生地を遥かに超越した存在だ。

暗いところではほとんど黒にも見えるこのSobrio(控えめ)な存在感が良い。もしかすると夜のデートに待ち合わせた相手は、そのジャケットがブラウンであることすら気づかずに一夜を明かすかもしれないし、それがこのヘリンボーンの最も愛すべき点である。

Loro Piana “Gabardine” Pure Cashmere

だが私がこのブログの読者ならば、あの素晴らしいDRAPERSのスパンカシミアを前にしても迷うことだろう。このあまりにも珍しいLoro Pianaのギャバジンのウーステッドカシミアが横に並んでいるからだ。

これは反則とも言うべき生地だ。色気とビンテージ感の漂うチョコレートブラウンに、60年代の甘い生活を思い起こさせるギャバジンの織り柄があまりにも甘美だ。そして天使の羽のように柔らかく軽いロロピアーナのピュアカシミアである。手に乗せればまるで飛び立つ鳥の羽が舞うような軽快さと、暖かさを同時に感じることができる。

そして光沢は神々しささえ感じさせる。光を受けた部分はまるでプラチナのように輝き、そして光の当たらない部分はまるでレンブラントの絵画のように強烈なコントラストで影を作る。この美しさは写真でも美しいが(多くのものがそうであるように)動いている姿は息を呑むほどだ。

ジャケットの立体感が生み出す陰影、そして人の動きが作り出す表情の変化。このジャケットを着た姿はどれほど美しく、そして堂々たる風格と個性を持つだろうか?想像するだけでも胸が高鳴る。

一方このブログの締めくくりはいつもと同じく、ため息が出るほど平凡だ。

一着限り。二度と出会うことのないビンテージ。そして特別価格。

……私はいつもの酒を飲みながら、チョコレートを食べることにしよう。美しいものは皆私の手元から旅立っていく。

THE SHADES OF BROWN

Sartoria Piccirillo Jacket ビスポークMTM

通常価格 565,400円 → 349,000円(税込383,900円)

※仮縫い、中縫い付き。

NICOLA GIORDANO MTM ジャケット

通常価格 439,400円 → 259,000円(税込284,900円)

※仮縫い、中縫い付き。

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