リネンジャケットの美しさは、時を経て初めて完成するものです。
仕立て上がったばかりのパリッとした美しさはもちろん捨てがたい。しかしそれ以上に、1年、2年そして5年と付き添った後のリネンジャケットの美しさは筆舌に尽くし難いものがあります。
しかし、着込んだ後に美しい姿になるジャケットには条件があります。リネンだからと言って全てが経年変化で味わい深くなるとは限らない。むしろ経年劣化してしまうジャケットの方が多いのです。
では5年後、10年後を見据えてどんなリネンジャケットを手に入れるべきなのか。
ビスポークのジャケットであること
リネンの生地は基本的に伸縮性がありません。ジャケットのフィッティングが悪いと、着心地が悪くて自然と手が伸びなくなってしまいがちです。
そういう意味では、リネンのジャケットは非常に良いフィッティングの既成服、理想的にはビスポークであることが好ましいでしょう。
ビスポークにおいては、リネンの特性も含めてジャケットを仕立てます。例えば背中や脇下部分には、伸縮性のあるウールよりも広めの可動域が必要です。そのような部分には、外見的には少し野暮ったさがあってもややゆとりを持たせます。
既成服においては、生地がリネンだからと言って通常の44、46といったサイズに微調整を加えるわけではありません。結果として一つ上のサイズを選んだり、窮屈なのを我慢して買ったりしがちです。
大きなサイズのものは結局サイズ感が気になってしまいます。また、リネンは糸つれや裂けなどが発生しやすいので窮屈なものはダメになってしまうことが多いのです。
生地ゆえに良いフィッティングが求められるリネンほど、ビスポークのジャケットであることは非常に有利なのです。
仕立てが美しく、普遍的であること
もう一つは仕立てのクオリティです。
リネンジャケットを10年美しく着込んでいきたい、と思ったら。まず自分が10年前に着ていた洋服に想いを馳せてみましょう。
もちろん今でも着ているお気に入りもあるかもしれません。ですが「もうこういう服は着れないよな…」という冷静かつ賢明な判断で処分してしまったものも多いのではないでしょうか。
人間が10年間生きるということは、単純に時が過ぎていくわけではありません。たくさんの経験をし、多くの物を見て生活するので、必然的に目が肥えていくようになります。
ということは、10年後も愛用するべく今仕立てるリネンジャケットは、少し無理をしてでも圧倒的にクオリティが高く、普遍的なシルエットやディテールの一着であるべきなのです。
極上のリネン生地であること
美しいリネンは稀である。このようなことはこのブログで常に書いております。そうは言ってもリネンには多数の選択肢があります。
生地感、光沢感、重さやしなやかさ….何が正解か、という世界ではありません。一番大切なのは、自分が好きなリネンを選ぶということです。
しかし一つだけ注意すべきなのは、常にもっとも良いクオリティのリネンの中から選ぶべきである、ということです。
リネンは色々なところで使われており、そのために容易に手に入れられる気がしてしまいます。しかし仕立て服に使われる「服地」と呼ぶべきリネンは数少ない。
素晴らしいリネンをラインナップするバンチや、信頼できる店のストックから選ぶことが、常にトップクオリティのリネンを見失わないためのヒントです。
Sartoria Ciardi サルトリア・チャルディ 約3年間着込んだジャケット
見覚えのある方も多いかもしれません。
こちらは約3年前に私がサルトリア・チャルディで仕立て、それ以降愛用し続けているあのリネンジャケットです。
美しいグリーン、浮かび上がるブルー。これほどの生地はなかなか存在しない…と5着分まとめて購入したにも関わらず、もうすっかり売り切れてしまったビンテージリネン生地を使っています。
3年前のブログに掲載した写真がこちら。
まだ非常にパリッとした面持ちで、色合いも少し濃く見えますね。
現在のジャケットはこのような雰囲気。
全体的に非常に柔らかく、ふんわりとしたカシミアのような起毛感に覆われています。手触りは圧倒的に今の方が良い。また現在の方がグリーンがより鮮やかに出ています。
そして何よりも面白いのが、色落ちでしょう。
シワや角に合わせて色落ちが入っているのが、まるで以前もてはやされた洗い加工のジャケットのようです。しかしそれよりもずいぶん自然で上品、そして何よりも「思い出深い」色落ちと言えるのではないでしょうか。
背中部分は私が車愛好家であるために、深いシワができています。しかしそれもまた味がある。人によって全く異なる風合いが生まれるのは、デニムに通じる面白さがあります。
何よりも素晴らしいのは、このジャケットが3年経っても予定通り「通過地点」にいるという点です。生地に痛みもなく、これからまだ3年、6年と着ていける状態です。
10年後にも美しいリネンジャケットの条件。もし鬱陶しい長文で覚えられない、というのであれば、当店おすすめの生地でSartoria Ciardiの一着を。
その一着はきっと10年後にも美しい姿で、春夏を彩り続けることでしょう。