美しい既製服はこれまでに何着も見てきました。
しかしサルトリア・チャルディからこの2着のスーツが届いたとき、私はまさかこれが既製服だとは思わなかった。
数秒のあいだ本気で「AYE!これはすごいぞ…素晴らしい出来だ。しめしめ、これならオーダーした人も大満足に違いない。ちなみに、どのお客様のビスポークだっただろうか」と考えたあとに、それが12月にナポリでオーダーしてきた既製服だと理解したのです。
サルトリアが手がける既製服は存在するか?
さて、こんな記事を書いたらまた怒られてしまいそうですが、読者の皆さんには是非ともお伝えしたいことですから、覚悟して書くといたしましょう。
老舗サルトリアが手がける既製服についてです。
現在ナポリのサルトリアがトレンドとなっていることもあり、世界中のセレクトショップやデパートメントがナポリの服を扱いたがっています。
その結果、日本や他アジア諸国、ドイツやロシアなどでもナポリの老舗サルトリアの既製服が扱われており、皆さんもきっと見たことがあるはずです。
しかし本当にそれらの全てが、名を冠したサルトリアで職人たちによって作られているのか?
それは疑問を持たざるを得ません。
実際に私の扱っているサルトリア・カラッチオーロも皆さんご存知の有名サルトリア既製服の下請けをしています(それも部分的な外注ではなく、丸投げです)。
もちろんそういうことばかりではありませんが、既製服は同じサルトリアの中でもまだ未熟な職人が仕立てたり、普段とは異なる熟練度の低い縫い手に外注をしたりすることが少なくありません。
あるいは同じサルトリアの既製服でも、取り扱う店によってそのクオリティが違うこともあります。
ビスポークと同じタグが付いているし、本物だと思って着ていた既製服。思い切っていざビスポークをしてみると、全く別物だったという体験がすでにある方もいらっしゃるでしょう。
正真正銘のビスポーククオリティ
しかしこのサルトリア・チャルディの既製服については、私自身が約束いたしましょう。
このスーツをオンラインストアで購入しても、ナポリのキアイアにあるチャルディの工房に赴いてビスポークをしても、同じクオリティのスーツが手にはいるだろうと。
もちろん個人に合わせたフィッティングについてはビスポークと既製服は別物です。しかしその仕立てと丹念な作り込みは、これまでの既製服の枠を超えたものです。
例えば上の写真のボタンホールを見てみましょう。これは今回の既製服のアップですが、下のサルトリア・チャルディのビスポーク(私物)と比べてみます。
どうでしょう、変わらない美しさですし、この私のジャケットと比べたらむしろ今回の既製服の方がボタンホールが美しいくらいかもしれません。
実はナポリの工房を訪れ、チャルディ兄弟に新しい既製服をお願いするとき、私はあることを彼らに伝えていました。
それは、「古くからのチャルディらしいモデルで、できるだけビスポークに近い工程で作って欲しい」ということでした。
そして今回彼らは、驚くほどのクオリティで、それを叶えてくれたのです。
先ほど例に出したボタンホールはもちろんのこと、絶妙なウエストラインを描くアイロンワークに細かなステッチ、「ディレッティッシモ」すなわち直線的で鋭いエッジを持つ長いラペルまで。
肩は大胆なギャザーと、わずかなパッドが生み出すほんのわずかな構築感のコントラストが美しい、レナート時代を思わせるマニカ・カミーチャ。
もちろん2着とも素晴らしい生地を使用しています。
メランジがかったブルーはサイズ46で、チャルディの工房で見つけたドラッパーズのウール生地。しっとりとした手触りと独特の肉感、そしてソレントの初夏のような美しい色合いがたまらない上の一着。
そしてもう一着はヘリンボーンの濃紺で、サイズは48。
こちらもチャルディの工房に眠っていたデッドストック生地で、ホーランド&シェリーのヴィクトリーです。
すなわちSUPER140’Sのウールにカシミアとシルバーミンクを織り込んだ、オールシーズン生地。ロベルトに生地棚の下の方から掘り出してもらいました。
既製服の生地については、通常セレクトショップやデパートなどのバイヤー側が持ち込むと言います。
もちろん一着ずつサルトリアから生地を購入していてはコストも掛かり過ぎてしまいますし、トレンドや目指すコンセプトなどもあるでしょう。
しかしナポリのサルトリアでビスポークするとき、サルトリアが持つ特別なストック生地を見せてもらうのもやはり大きな楽しみです。
「彼らが選んだ生地から選ぶこと」。その面白さを伝えたいからこそ、今回も彼らサルトリア・チャルディのストック生地から選んできたのです。
自分の目で判断すること
私はよく思わせぶりに「老舗サルトリアの既製服は外注が多い」などと書いておりますが、なにも店員さんに「これは本当にその工房で作ってるの!?」と聞く必要はないのです。
その仕上がり、その美しさと放つオーラを見れば、そのスーツが彼らサルトリア本人たちによって仕立てられたものかどうかは、すぐにわかることなのですから。
今回の既製服はまさに、そんなことを理解させてくれるスーツでしょう。
サルトリア・チャルディ。
彼らがまるでビスポークスーツを作るように手間をかけてこの既製服を仕立ててくれたのは、既製服でもここまでできる、ということを私たち日本人に伝えたかったからかもしれません。
今までサルトリア・チャルディの既製服を見たことがある方も、まだ見たことがない方も、ナポリを代表するサルトリアが仕立てた「ビスポーククオリティの既製服」を是非この機会にご覧くださいね。
※こちらの二着はオンラインストア掲載準備中のため、しばらく実店舗限定で販売しております。