あるいは骨董屋のガラスケースにある絵画や整理ダンスは、ルネサンス様式か、あるいはバロック様式だろうか、それともロココだろうか。他人よりも抜きん出た人物を、「自分の様式(スタイル)をもつ」と表現するのはなぜだろうか。「様式」という言葉は、曖昧になりがちだ。

「名画の見かた」- ダニエラ・タラブラ

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

最初からぶっちゃけておきますと、今日のブログはやたらと小難しいうえに長いので、小難しい話が好きな方以外にはあまりおすすめできません。

どんなブログか?そうですね、夜家族が寝静まった頃、青くさいセイロン茶を入れて、小さな明かりをつけて読む文庫本のようなブログです。

さて、様式という言葉はあまり皆様には身近なものではないでしょう。

日常であまり使われる言葉ではありませんし、せいぜい月曜日の朝に提出しなければならない鬱陶しい書類の分類に使われる程度でしょう。

しかしこの様式をスタイルと言い換えたらどうか。

これは洋服を愛する皆さんには大変に馴染みのある言葉ですね。

最近ではスタイルを意味するイタリア語「スティレ」を冠したお店やブランド(もちろんスティレラティーノのことですね)も少なくありませんから、この言葉には親しみがあるでしょう。

このスタイルという言葉こそが、日本語では様式とされるものなのです。

スタイルとは何か?

オルヴィエート大聖堂。時代を超えて愛される、美しいゴシック様式。

日本で学ぶ世界史は範囲的には非常に充実していますが、その文化史については少し物足りないと言われています。

その結果もあって、この「様式」というものが大変遠いところにあるように感じられます。

例えばヨーロッパの建築は大まかにロマネスクに始まって、より装飾的なゴシック、さらにそこから人間の魂を開放しようとするルネサンス、中央集権が生み出した複雑なカーブを持つバロック、ロココと進んでいきます。

ちなみに日本の街並みにあまり統一感がないのは、こういった様式を知らないままに西洋的なデザインを取り入れて、建築専門用語で言うところの「しっちゃかめっちゃか」になってしまっているのが一つの理由です。

実はこの建築の様式と絵画、家具、音楽などの様式は連動しています。

バロック様式の家具も、バロック様式の音楽も存在するということです。

(すなわちプロフェソーレ・ランバルディ静岡の店主があの複雑なカーブの机の前に座ってアルカンジェロ・コレッリの合奏協奏曲を聴いているときは、大変バロックな心情だということです)

プロフェソーレ・ランバルディはバロック〜新古典主義様式の家具で、ちょうどナポリが最盛期だった頃の様式。デスク、カップ、トレーなどは特有のカーブを持つバロック様式。

それも当然、この「様式」とは「ある一定期間に様々な人や場所で流行した形式」のことを指すのです。

 

ですからもしかすると今、この時代の洋服が100年後になって「ラウンジスーツ様式」と呼ばれている可能性も、なくはないでしょう。

もっと言えば、数年前まで爆発的にはやっていた、洗いをかけたジャケットにアンクル丈を中心とした流行を「イタカジ様式」と呼んでも差し支えないかもしれません。

スタイルを持つとはどういうことなのか?

ゴシック様式の傑作であるミラノのドゥオモ。

ではスタイルを持つということは、どういうことなのか。

実はこの建築にヒントがあります。

例えばゴシック様式がほとんど煮詰まりつつあった13世紀、ある二つの大聖堂が建設されていました。

一つはミラノのドゥオモ。もう一つはフィレンツェのドゥオモです。

どちらも大変有名ですので、きっとイタリア好きの方なら見たことがあるでしょう。同じ頃に設計されたにも関わらず、その外観は驚くほど異なります。

ミラノのドゥオモはそれ以前から長く続いてきたゴシック様式の完成形です。幾百もの尖塔が空に伸びるデザインは、もともと森をイメージしたものでした。

それに対するフィレンツェにドゥオモは、たった巨大なドームを一つ戴くデザインです。ここにあったのはフィレンツェ人の一体感と、それこそ強国ミラノへの敵対心だったのかもしれません。

フィレンツェのドゥオモ。尖塔を捨てて、当時実現不可能だと思われた大きなドーム構造を持つ。

先ほども書いたように、14世紀頃、時代は古いゴシックから新しいルネサンスへと流れていきます。

するとゴシック様式のミラノのドゥオモはもう時代遅れだったのではないか? 確かに当時そこに居合わせた人はそう思ったかもしれません。

しかし時が経った今現在、そのどちらも世界最高の建築として愛されているのです。

本当に優れたスタイルは、そのスタイルが変わった後でも人々に愛され、また一部の人々はその形式を捨てることがない。

そこにはそのスタイルにしかない美しさと、完成度の高さと、そしてそれに関わった人々のプライドが息づいているからです。

ビスポークスーツのスタイル

ニコラ・ラダーノがサルトリア・カラッチオーロで最近仕立てたビスポークスーツ。

私たちにとって、その建築とはビスポークスーツに他なりません。

生地のセレクトから襟やポケットの仕様に始まり、ありとあらゆるディテールに現れるバランスと美しさ。そして職人と顧客の関係の良し悪しまでが生み出す一つの作品。それがビスポークスーツなのです。

どうでしょう、ちょっと建築に似ている気がしませんか?

そしてこのビスポークスーツは20年、30年と着ていくことができるでしょう。

その間にトレンドは目まぐるしく回転していく。

しかし良いビスポークスーツは、その中でどっしりと構えた大聖堂のように、時間を経ても変わらずに愛され続ける。

スタイルのあるスーツとは、トレンドが変わったとしても決して着ていて恥ずかしくない、いやむしろ自分にとっては絶対にそれが一番だと誇りを持って着ることのできるような一着なのです。

あるときには19世紀の「ゴシックリバイバル」のように、誰もが憧れるスーツになっているかもしれません。

残念ながら、二年や三年しか着られない既製服もたくさん売られています。

しかし本当はその服が問題なのではなく、すぐに飽きて、さらには恥ずかしくて着れなくなってしまうような服を買ってしまうことなのかもしれません。

大事なのは雑誌やトレンドだけを追わず、「この服は、自分の一生の相棒になるかもしれない」とそう思える服を作ったり、選んだりすること。結果的にそうならなくても良いのです。

そしてワードローブをそんな、愛してやまない服ばかりで揃えていくこと。

人には好みというものがありますから、自然にワードローブには統一感が出て、着こなしにも一本の筋が通るようになっていきます。

それを常に意識していれば、気がつくとあなたは「自分の様式(スタイル)をもつ」男になっているのです。

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