【ナポリ人に学ぶ】Sprezzatura スプレッツァトゥーラ(力の抜けたエレガンス)の着こなし方

 

アントニオ・パニコの実に自然でリラックスした着こなし。ビスポークジャケットは昔の物で完璧ではない。シャツは着古したアンナ・マトッツォのポロ。

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

最近は名古屋に行ったり東京に行ったりと出張が多く、ブログから遠ざかってしまい大変申し訳ありませんでした。

さて、よくファッションの世界では「隙のない着こなし」「完璧な装い」といった褒め言葉が用いられます。

ファッションのルールを熟知し、様々な優れたブランドを知り尽くして、スタイルを確立した人に対する賞賛の言葉として、これは適切な表現といえるでしょう。

しかし、ナポリに行くと、このような「隙のない着こなし」や「完璧な装い」といった言葉がぴったりと当てはまるような人が非常に少ないことに驚くはずです。

すごく美しいスーツを着ていても靴がなんとも不格好なものであったり、あるいは仕立てた服であっても肩幅や袖丈が完璧に合っているとは言えないものだったり。

また彼らが持っているバッグや小物類は、決してファッション性に優れたものばかりではありません。

しかしそれでもなお、彼らは非常にエレガントで魅力的に見えます。むしろその「力の抜けたエレガンス」はSprezzatura スプレッツァトゥーラと呼ばれ、世界を魅了しています。

身につけている物の一つ一つを見れば明らかに日本人の方がお洒落なのに、どうしてエレガンスでナポリ人にかなわないのでしょうか?

こだわりすぎないことのお洒落さ

ここにはある意味私たち日本人が陥りやすいトリックがあるのです。

それは、こだわり過ぎて逆にエレガンスから離れてしまうこと。

例えばこんな男性がいたとしましょう。

グレー系のグレンチェック柄スーツに、ひねりのきいたモンクストラップのビスポーク靴。最近話題のファッショニスタ愛用のイタリア製バッグ。そして裏地無しのセッテピエゲネクタイを立体的なノットで結んで、チーフを指している。

彼は考えられる限り最上のお洒落をしているはずです。しかし、どうしたことか隣に立った野暮ったい肩の落ちたスーツのナポリ紳士の方がお洒落に見えてしまうのです。

イタリア人だからお洒落に見えるということはありません。ナポリの人々は決して世界的基準のイケメンではありませんし、多くの人はスタイルもずんぐりしています。

注目すべきはお洒落をしている日本人が全ての物の「お洒落さ」「クオリティ」にこだわっているのに対し、イタリア人がアイテムとしては決して一番お洒落とも一流とも言えないが、なんとなく彼に似合っているものを身につけていることです。

「木を見て森を見ず」と言われがちな日本人、しかし個人的な意見では、日本人はトータルのコーディネートも上手で、非常にお洒落だと思います。

問題は、ひとつひとつのアイテムがお洒落すぎることなのです。

単体で見てお洒落なアイテム=香辛料

一つ知っておくべきことは、靴やバッグを全てお洒落なブランドで固めすぎるよりも、あるありきたりとも言えるセレクトにする方が自然で魅力的に見えるということです。

先ほどのグレンチェック柄のスーツの男性がお洒落というよりもやり過ぎに見えてしまうのは、一つ一つのアイテムに完璧なお洒落さを追求し過ぎているからです。

洒落っ気のあるスーツを着るときには、あえて他を比較的ありがちなアイテムにするとエレガントに見えます。

例えば先ほど例に出したグレー系のグレンチェック柄のスーツなら、普通の芯地入りのグレーのネクタイに、地味に見えるくらいシンプルな黒いフェラガモのブリーフケースと、ブランド名も覚えていない黒いオックスフォード靴を履いてみましょう。

案外こちらの方が、周りから見れば魅力的に見えているはずです。

逆にシンプルなネイビースーツにソリッドの心地入りネクタイを合わせて着こなすときに、細部にこだわったビスポーク靴と、雑誌でもファッショニスタが愛用するようなイタリア製バッグを合わせてみましょう。

これもまた、非常に魅力的に見えるでしょう。

単体で見てとてもお洒落なアイテムは、ある意味非常に香りの強い香辛料のようなものです。上質な素材でじっくりと調理したベースに加えれば素晴らしい料理になるでしょう。

しかし全てが香りの強いものであったら、料理はくどくなってしまうはずです。

「隙のない着こなし」に憧れてしまいがちな私たちは、どうしても全身をお洒落と言われるアイテムで固めてしまいたくなります。しかしそれは、ありとあらゆる珍しいと言われる香辛料を一つの料理に詰め込むのと同じことなのです。

自分を愛し、自分をよりお洒落に見せる物を選ぶ

往々にしてファッションが好きな人ほど、そのアイテム単体のお洒落さや評価で身につけるものを選んでしまいがちです。

例えばバッグは人気で雑誌にも出ていた○○にしたい、有名なファッショニスタが持っていた○○にしたい。ネクタイはお洒落な人が皆選んでいる○○にしたい……など。

しかし選ぶときにはむしろ、その大きさや形が自分の体型に似合っているか、持ち物のトーンが調和しているか、またそのテイストと自分の風貌や年齢が合っているか。そういう部分を注意深く検討しましょう。

(ちなみにそのときとても大きな助けになるのは、客観的な意見を述べてくれる女性です。彼女であれ、マンマであれ)

ナポリ人は「お洒落な物を愛してお洒落なものを選ぶ」というより、「自分を愛し自分をよりお洒落に見せてくれるものを選ぶ」のです。

そしてその自分をお洒落に見せてくれるアイテムを、自然な気持ちで身につけているとき、彼らはなんともエレガントで魅力的に見えます。

物のお洒落さで選ぶのではなく、自分を自然にエレガントに見せてくれるアイテムやその組み合わせを選ぶ。

ぜひそんな視点で、身につけるものを選んでみてくださいね。

日本人の着こなしは本当にお洒落なのか? ナポリの人々との着こなしの違いとは

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

金曜日の夜といえば大抵、こっそりと店を抜け出してカンパリトニックのようなアペリティフをひたすらに飲みながら、場末感漂うカウンターバーで空中の一点を眺めているものです。

レッドオレンジのカンパリがひたすらに苦味と甘味を交互に注ぎ込んでくると、周囲の騒音がエネルギッシュで即興的なビバップジャズに聞こえ始め、いよいよ視界がぐるぐると回り始めた頃にふと閃きが降ってくる。

(果たして、このような書き出しはどうだろうか)

「ある朝、店主・大橋が気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で1着のビスポークスーツに変ってしまっているのに気づいた。彼は羽のように柔らかい後ろ身頃を下にして横たわり、頭を少し上げると、何百ものステッチによって生み出されたふんわりとした立体の、自分の前身頃が見えた…」

そして「こいつはいい書き出しを思いついたぞ!」と、急いで会計を済ませて、勇み足で店へと戻ってきて、鍵を開けようとしたときに我に帰るのです。

これはどう考えても、フランツ・カフカ『変身』の冒頭にちょこざいな書き直しを行っただけの文章ではないか…と。

私は一瞬鍵を開けるのをやめて極めて心地の良い「板」の前に戻ることを考え、しかし正気に戻って店に入り、このような反省文とも取れるほど真面目な記事を執筆し始めるのです。

日本人の着こなしは本当にお洒落なのか?

日本人はしばしば「世界で最もお洒落な着こなしをしている」「非常に高感度でトレンドを理解している」あるいは逆に「本物を追求している」など高く評価されています。

しかし日本人の着こなしに疑問を持つ人も少なくありません。

イタリア人のスタイルを模倣しているというが、本当にイタリア人はこんな着こなしをしているのだろうか?

そうして日本ではスナップ集などが販売されたり、「着こなしはこうあるべきだ」というHOWTO的な雑誌や本が出版されたりするのですね。

個人的には日本人の着こなしは良いものと、そうでないものが入り乱れているように感じます。

それに対してナポリの人々の着こなしは?

こちらも玉石混交といったところですが、しかし私はこちらに非常に大きな魅力を感じるのです。

ナポリ人の着こなしと日本人の着こなし

ナポリの人々は気分で服を仕立て、選び、着こなしています。

5月にフランネルのジャケットを着ている人もいれば、リネンを着ている人もいる。完璧なスミズーラをいつまでも追求している人もいれば、すでに体が痩せて大きすぎる昔のビスポークジャケットを着ている老紳士も多い。

ですが彼らの場合、全く無理をすることなく、自分が着たいものや皆が習慣として着ているようなものを、好きなように着ている。そのため服があくまで生活と馴染んでいで、非常にナチュラルな優雅さを醸し出しているのです。

この時期にはこの素材、どの色にはどの色を合わせる、といったルールは一人一人が好みで考えるもので、それゆえ人のことをまるきり気にかけていないので、非常に力が抜けています。

この点が、私がナポリの人々の着こなしに魅力を感じる理由なのですね。

それに対して日本人の着こなしは、よほどスマートでフィッティングも良いことが多いです。世界のベストドレッサーのランキングを作れば、そこにはきっと数人、数十人の日本人がランクインするはずです。

しかし時より、日本人の着こなしがあまりにも計算されすぎていたり、過剰に作り込まれていたり、あるいは風景から浮き上がってしまったりしていることを感じます。

例えばカジュアルなマシンメイドのアンコンジャケットなどは、軽く着流すために作られているものです。またブートニエール等も、非常にカジュアルな着こなしのために用意されているものですね。

そのアンコンのジャケットを、ネクタイやポケットチーフ、ジレなどであまりにもドレスアップしすぎてしまうと、どうでしょう。そのうえネクタイのディンブルから、ポケットチーフの差し方まで計算されている場合、全てがカジュアルなアイテムなのに極限までドレスアップされていて、なんとなくミスマッチな雰囲気になってしまいます。

(ネクタイやポケットチーフは、ドレスアップするものです。ジャケット単体だと少し着こなしがリラックスしすぎてしまうと感じるディナーやパーティタイムに差して行くと非常にエレガントなのです)

また、服がその人やその人の生活から浮いてしまうのも非常に勿体無いことです。例えば普段地下鉄で移動をすることがほとんどの人がソラーロのスーツを着ていたら、スーツの本当の魅力を活かしきれないはずです。逆にパートナーと散歩をする休日には、もっとカジュアルでも良いかもしれません。

まだ暑い晩夏のうちにフランネルを着始める必要もありません。自分がそろそろ着たいな、と思う気温になったら着れば良いのです。

日本人は心から服を愛しています。その魅力を理解していますし、着こなす楽しみも、着こなし方も非常によく理解しています。しかしあまりに服を愛するあまりに、それが一人歩きしてしまう。また人が密集しているせいで、どうしても他の人のことが気になってしまいます。

どうも私たち日本人の真面目さが、ジャケットの着こなしを難しいものにしてしまうようです。

フィーリングで、より自然に着こなすこと

実は私はあまり外出時にネクタイを締めることがありません。私の場合にはジャケットスタイルで着こなすことが殆どなので、外出するときにはネクタイをせずにいることが多いです。(接客中は締めていることもあります)

しかしナポリでディナーやミーティングなどのために外出する時には、私はなんとなくネクタイを締めてしまうのですね。これはフィーリングで、まるきりなんの思案もなしに、気分的にネクタイを締めたくなるのです。

この違いはどこにあるのか。

実はナポリでは、ジャケットスタイルにネクタイでスマートに着こなしている紳士を非常によく見かけます。そのためビスポークのスーツなど持っていない若者であっても、なんとなくジャケットを着こなして、どこかで買ったネクタイを締めて颯爽と歩いていることが多い。すると自分が出かけるときにも、何かネクタイをするのが自然であるかのように感じます。

それに対して日本では、仕事以外でジャケットスタイルにネクタイをして歩くという習慣はあまりありませんし、見かけることも多くありません。カジュアルではジャケットを着ない方も多いですし、逆に飲み屋なども店によってはドレスアップしていると浮いてしまうということもあります。そのためなんとなくカジュアルなシーン、ネクタイを外して少しリラックスした着こなしにしたくなるのですね。

これは優劣ではなく、習慣やフィーリングの違いでしょう。

しかし本来、着こなしというのはこのような漠然とした習慣やフィーリングや、自分の生活に合わせて変わるものなのです。

片田舎の洋服屋の店主と、都内で働くエンジニアの男性が同じ服装をする必要はないのですね。都内の近代的な街並みの中、仕立ての良いネイビースーツをストイックに着こなすビジネスマンを見かけたとき、ハッとするほどカッコよく見えることだってあります。

その人にはその人にしか着こなせない服がありますし、またその場所には、その場所が最も似合う服があります。

そんな部分を意識して着こなしていったら、日本人はきっと世界で一番お洒落なウェルドレッサーになれるのではないかと思うのです。

本場イタリア風の着こなしとは?

本場イタリア風の着こなしとは何か、人に聞かれることがあります。

私もまた、以前ライターの仕事をしていたときには、そのようなことについて常に思考を巡らせていたものです。

しかしこの偏屈なイタリアの洋服店を始めて約1年、幾度となくナポリに通って私は初めて、「本場イタリア風とは何か」ということに気が付いた。

今日は皆さんにそのお話を致しましょう。

本場イタリアとはどんなところなのか

イタリアに憧れている日々というのは、いわば恋もしたことがない女の子が結婚について思いを馳せているようなものです。

確かにイタリアは美しいし、エレガントな紳士も多い。しかしその実態は、必ずしもイメージした通りではありません。

本場イタリアとはどんなものなのか?

それを皆さんにご紹介するために、ある文章を紹介いたしましょう。

21世紀を生きたある洋服店のしがない店主が、過酷なイタリアでの買い付け中に、その気持ちを(エスプレッソのレシートの裏に)書き記したと言われている文章です。

神はイタリアに全てを与えた。栄光の歴史と美しい風土、荘厳な建築にありとあらゆる芸術。そしてナポリ仕立てのような優れた文化を。

しかし神はその他の国々に対して、決して不平等ではなかった。

なぜなら神はイタリアに全ての優れたものをもたらしたついでに、「イタリア人」を作るのを忘れなかったからである…。

もし北イタリア人がドイツ人と同じ気質であったなら、アルファロメオに乗ろうとするとドアノブが取れるという事態は起こらなかったはずだ。

しかしこれに対して南イタリア人は思うだろう。

「なんて高度な防犯システムだ」

これこそが、イタリア人である。

もしイタリア人が日本人と同じ性格であったとしたら、地下2Fと地下1Fを無限に行き来するエレベーターを地下3Fで永遠に待ち続けるような災難は起こらなかっただろう。

もちろんATMでクレジットカードが吸い込まれたままそのまま消えたり、電車がMIDDLE OF NOWHERE(荒廃した田舎)でなんのアナウンスもなく1時間半止まったり、6年かけて作った地下鉄のトンネルの企画が小さすぎて電車が通れなかったりすることもなかっただろう。

このような秩序なき社会システムの中では、あまりにも不合理なことや、不条理なことが常に起きている。

そしてそんなイタリアに住む彼らが手に入れたもの。

それが「大雑把に物事を処理する」という独自の手法である。

ざっくりとした処理をして、問題が起きたらそのときになんとかする。細かいことは気にしないし、お互いが迷惑を掛け合うので、細かいことは指摘しない。

自分に優しく、そしていずれ自分のせいで迷惑をかけるかもしれない他人にも優しく。

それが彼らの理念である。

また彼らが自分を守るためにもう一つ、世界でも屈指の便利さを誇る理念を持っていることを見逃してはならない。

それは「自分の考えが一番正しいし、人がそれについてどう思っているかは基本的にはどうでもいい」という理念である。

イタリアではほぼ全員がこのように考えていることにより、それぞれが火花を散らしあい、それが素晴らしい芸術やレベルの高い文化を生んでいるとも言える。

彼らは全員がミケランジェロなのである。

本場イタリアの着こなしをする上で大事なこと

本場イタリア風の着こなしを雑誌やスナップで研究しているのに、なんとなくかっこよくならない。

そんな風に悩んでいる方も多いことでしょう。

上で紹介した通り、結局彼らの着こなしの大前提にあるのは、「細かいことは気にしない」という性質、そして「自分が一番正しい」という自信です。

そして日本人の性格は残念ながらその対極にあることが多い。

それなのに彼らの着こなしを細々と真似するものだから、なんとなく画竜点睛に欠くというか、筋の通らない着こなしになりがちなのですね。

一番大事なのは、彼らの考え方と理念を理解することなのです。

まず、細かいことを気にしすぎてはいけません。

例えば自分のコーディネートをインスタグラムで投稿するときに、「よく見たら色が合っていませんでした😭」と書いてはいけないのです。我こそが世界一だと思いながら、投稿ボタンを押す必要があります。

また、自分が本当に気に入ったものでなければ着こなしに取り入れてはいけません。

彼らイタリア人は例え20年来の親友であっても、テイストが違えば「それはダサい」と平気で言うものです。

とにかく周りを褒めてしまう日本とは異なる文化ですが、イタリアに限らずヨーロッパ諸国では気に入らないものには明確にNOと言います。

しかしそれは相手を否定しているのではなく、あくまでそのテイストについて自分の意見を示しているだけなのですから、問題ないのです。(ただしその際には「自分はそれよりもこれが好きだ」という自分の意思を持っている必要があります)

これこそが本場イタリア風の着こなしをするときに一番大切なこと、大前提ですね。

本場イタリア風の着こなし方

では本場イタリア風の着こなしをどのようにすれば良いのか。

私がナポリで見る限り、彼らの中でオシャレな人々の着こなしはこういう成り立ちです。

自分の仲の良いサルトリアで仕立てたジャケットやスーツを、何年か前のちょっとお財布が温かかったときにまとめて作ったシャツに合わせて着ている。

ネクタイは自分の好きな柄で、ブランドはこだわらない。靴はどこかで買った英国製の4〜5万円のブラウンの紐履で、靴下は駅前の青空市で2ユーロで買ったコットン100%のもの。

ジャケットを作ったときからお腹が出てしまってウエストは閉まらないが、肩は痩せてきてちょっと余っている。トラウザーには近所のピッツェリアでマリナーラを頬張ったときに跳ねたソースでシミができている。

こんなものですね。

大事なのは体型が変わってしまうにしろ、一度はジャストサイズで仕立てたビスポークの服を着ること。どんなにカジュアルな真っ青なリネンのジャケットでも、紺のブレザーでも、彼らはいつもビスポークの服を着ています。

しかし細かいことを気にしてはいけません。ちょっとウエストがきつくても、まあ良いでしょう。人は完璧ではありませんし、それが愛嬌にもなります。

着こなしは生活に馴染むものが良い。彼らはトレンドもファッションの基礎も全く気にしていませんが、自分の外見とライフスタイルにどんな色や生地が似合うかは常に意識しています。

そしてこれこそが、彼らをオシャレに見せている最も大きな要因です。

それは「この色にはこの色!」とか「今年は〜に注目」という考え方では手に入らない、ビスポークがライフスタイルに溶け込んだ本物のエレガンスなのです。

『スタイルを持つ男』になる方法

あるいは骨董屋のガラスケースにある絵画や整理ダンスは、ルネサンス様式か、あるいはバロック様式だろうか、それともロココだろうか。他人よりも抜きん出た人物を、「自分の様式(スタイル)をもつ」と表現するのはなぜだろうか。「様式」という言葉は、曖昧になりがちだ。

「名画の見かた」- ダニエラ・タラブラ

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

最初からぶっちゃけておきますと、今日のブログはやたらと小難しいうえに長いので、小難しい話が好きな方以外にはあまりおすすめできません。

どんなブログか?そうですね、夜家族が寝静まった頃、青くさいセイロン茶を入れて、小さな明かりをつけて読む文庫本のようなブログです。

さて、様式という言葉はあまり皆様には身近なものではないでしょう。

日常であまり使われる言葉ではありませんし、せいぜい月曜日の朝に提出しなければならない鬱陶しい書類の分類に使われる程度でしょう。

しかしこの様式をスタイルと言い換えたらどうか。

これは洋服を愛する皆さんには大変に馴染みのある言葉ですね。

最近ではスタイルを意味するイタリア語「スティレ」を冠したお店やブランド(もちろんスティレラティーノのことですね)も少なくありませんから、この言葉には親しみがあるでしょう。

このスタイルという言葉こそが、日本語では様式とされるものなのです。

スタイルとは何か?

オルヴィエート大聖堂。時代を超えて愛される、美しいゴシック様式。

日本で学ぶ世界史は範囲的には非常に充実していますが、その文化史については少し物足りないと言われています。

その結果もあって、この「様式」というものが大変遠いところにあるように感じられます。

例えばヨーロッパの建築は大まかにロマネスクに始まって、より装飾的なゴシック、さらにそこから人間の魂を開放しようとするルネサンス、中央集権が生み出した複雑なカーブを持つバロック、ロココと進んでいきます。

ちなみに日本の街並みにあまり統一感がないのは、こういった様式を知らないままに西洋的なデザインを取り入れて、建築専門用語で言うところの「しっちゃかめっちゃか」になってしまっているのが一つの理由です。

実はこの建築の様式と絵画、家具、音楽などの様式は連動しています。

バロック様式の家具も、バロック様式の音楽も存在するということです。

(すなわちプロフェソーレ・ランバルディ静岡の店主があの複雑なカーブの机の前に座ってアルカンジェロ・コレッリの合奏協奏曲を聴いているときは、大変バロックな心情だということです)

プロフェソーレ・ランバルディはバロック〜新古典主義様式の家具で、ちょうどナポリが最盛期だった頃の様式。デスク、カップ、トレーなどは特有のカーブを持つバロック様式。

それも当然、この「様式」とは「ある一定期間に様々な人や場所で流行した形式」のことを指すのです。

 

ですからもしかすると今、この時代の洋服が100年後になって「ラウンジスーツ様式」と呼ばれている可能性も、なくはないでしょう。

もっと言えば、数年前まで爆発的にはやっていた、洗いをかけたジャケットにアンクル丈を中心とした流行を「イタカジ様式」と呼んでも差し支えないかもしれません。

スタイルを持つとはどういうことなのか?

ゴシック様式の傑作であるミラノのドゥオモ。

ではスタイルを持つということは、どういうことなのか。

実はこの建築にヒントがあります。

例えばゴシック様式がほとんど煮詰まりつつあった13世紀、ある二つの大聖堂が建設されていました。

一つはミラノのドゥオモ。もう一つはフィレンツェのドゥオモです。

どちらも大変有名ですので、きっとイタリア好きの方なら見たことがあるでしょう。同じ頃に設計されたにも関わらず、その外観は驚くほど異なります。

ミラノのドゥオモはそれ以前から長く続いてきたゴシック様式の完成形です。幾百もの尖塔が空に伸びるデザインは、もともと森をイメージしたものでした。

それに対するフィレンツェにドゥオモは、たった巨大なドームを一つ戴くデザインです。ここにあったのはフィレンツェ人の一体感と、それこそ強国ミラノへの敵対心だったのかもしれません。

フィレンツェのドゥオモ。尖塔を捨てて、当時実現不可能だと思われた大きなドーム構造を持つ。

先ほども書いたように、14世紀頃、時代は古いゴシックから新しいルネサンスへと流れていきます。

するとゴシック様式のミラノのドゥオモはもう時代遅れだったのではないか? 確かに当時そこに居合わせた人はそう思ったかもしれません。

しかし時が経った今現在、そのどちらも世界最高の建築として愛されているのです。

本当に優れたスタイルは、そのスタイルが変わった後でも人々に愛され、また一部の人々はその形式を捨てることがない。

そこにはそのスタイルにしかない美しさと、完成度の高さと、そしてそれに関わった人々のプライドが息づいているからです。

ビスポークスーツのスタイル

ニコラ・ラダーノがサルトリア・カラッチオーロで最近仕立てたビスポークスーツ。

私たちにとって、その建築とはビスポークスーツに他なりません。

生地のセレクトから襟やポケットの仕様に始まり、ありとあらゆるディテールに現れるバランスと美しさ。そして職人と顧客の関係の良し悪しまでが生み出す一つの作品。それがビスポークスーツなのです。

どうでしょう、ちょっと建築に似ている気がしませんか?

そしてこのビスポークスーツは20年、30年と着ていくことができるでしょう。

その間にトレンドは目まぐるしく回転していく。

しかし良いビスポークスーツは、その中でどっしりと構えた大聖堂のように、時間を経ても変わらずに愛され続ける。

スタイルのあるスーツとは、トレンドが変わったとしても決して着ていて恥ずかしくない、いやむしろ自分にとっては絶対にそれが一番だと誇りを持って着ることのできるような一着なのです。

あるときには19世紀の「ゴシックリバイバル」のように、誰もが憧れるスーツになっているかもしれません。

残念ながら、二年や三年しか着られない既製服もたくさん売られています。

しかし本当はその服が問題なのではなく、すぐに飽きて、さらには恥ずかしくて着れなくなってしまうような服を買ってしまうことなのかもしれません。

大事なのは雑誌やトレンドだけを追わず、「この服は、自分の一生の相棒になるかもしれない」とそう思える服を作ったり、選んだりすること。結果的にそうならなくても良いのです。

そしてワードローブをそんな、愛してやまない服ばかりで揃えていくこと。

人には好みというものがありますから、自然にワードローブには統一感が出て、着こなしにも一本の筋が通るようになっていきます。

それを常に意識していれば、気がつくとあなたは「自分の様式(スタイル)をもつ」男になっているのです。

美しくSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスを着こなすには

こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

最近ニコラ・ラダーノのブランドであるSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスが、様々なお店で見かけられるようになったそうです。

いやこれは私が各所に放った諜報員ではなく、お客様が「あったよ!」と教えてくれるのです。

ずっと応援してきたブランドがより多くの人の目に触れるようになるのは、本当に嬉しいことですね。願わくば皆さんがたくさんインスタに投稿してくださることを…。

またプロフェソーレ・ランバルディ別注Spacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスのネクタイもご好評頂いており、嬉しい限りです。(ニコラにさんざん「まんじゅう」だの招き猫だのをEMSで送ってご機嫌をとった甲斐がありましたな)

※ちなみにいくつかのショップで「スパッカ・ネアポリス」を「スパッカ・ナポリ」と誤表記したり、殆どがニコラのオリジナルデザインのプリントシルクであるのにも関わらず、ビンテージ・デッドストック生地のネクタイだと表記したりと様々な間違いが見受けられます。

特に代理店を通している場合などは、売り手が必ずしも商品を熟知しているとは限らないので、購入される際にはご注意くださいね。

さて、今回はそのSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスを、どのように着こなすのか。ちょっとブログを書いてみます。

シンプルな組み合わせにこそ映えるネクタイ

ニコラ・ラダーノの着こなしはいつも非常にシンプルです。ジャケットとシャツに、トラウザー。これが彼の基本のスタイルです。

もちろんニットやポロシャツを着ることも多いですが、彼らそれらを色々と重ね着してコーディネートすることは少ない。

シャツの時にはシャツ、ニットの時にはニット。必ずしもそうとは言えないですが、それが彼のベーシックのようです。

実はこの着こなし方はニコラ・ラダーノに限らず、ナポリで多くの人々がベースとしているものです。

わかりやすい例があります。

日本ではパスタ料理を作る時に、美味しいイタリアンであればあるほど、様々な食材を駆使して作る。

しかしナポリでは最高級の店でも、食材は複数用いることが少ないのです。

例えばムール貝のスパゲッティなら、ムール貝だけです。日本でムール貝とイタリアンパセリしか入っていないリングイネを見たことがありますでしょうか。

彼らにとって着こなしは料理のようなものです。

そしてSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスのネクタイは、もっとも鮮烈な香りと色彩を持つイタリアンパセリのようなもの、と言えるでしょう。

彼らは上質な服をさらりとシンプルに組み合わせて、そこにこの存在感のあるネクタイを結ぶのです。

様々なネクタイがありますが、Spacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスは特にそういった類のネクタイです。

紺ドットを身につけているかのように

もう一つSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスのネクタイを身につけるときに大切なのは、まるで紺ドットのネクタイをしているかのような心持ちでいることです。

あなたが購入したスパッカ・ネアポリスのネクタイがなかなか一般的には受け入れられないような色柄であったとしたら。

深夜のテンションや心の迷いでうっかりその色を選んでしまったことを後悔してはいけません。

自分が好きな着こなしに、そのネクタイを結んで、あたかもそれが日本で最も一般的なコーディネートであるかのような気分でいることです。

なぜならSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスのネクタイは派手なものも多いですが、着こなしの中に入れば馴染みの良いネクタイだからです。

ただ一つ、気をつけるべきこともあります。

それはクラシックな仕立てのスーツやジャケットを選ぶこと。カジュアル感の強い、大人っぽさのない服に合わせると、全体が滑稽に見えてしまいかねません。

個性の強いネクタイは、大真面目な顔をして仕立ての良い服に合わせるからこそ、説得力があるのですから。

そして一度身につけたら、自分がとてつもなくお洒落だと信じること。

ニコラ・ラダーノがなぜあれほどまでにかっこいいか。

それは自分が一番かっこいいと、信じて疑わないからなのです。

春夏服はいつまで着られるか – Fabio Sodano & Camiceria Piccirillo

春夏服をいつまで着て良いのか?

すっかり夏も過ぎ去り、夜には寒ささえ感じる季節です。

その割には私はモヘア混ウールの春夏ジャケットを、白のコットントラウザーに合わせて着ているのですから、洋服屋としては失格かもしれません。

しかし私はなんと申しますか、いわゆる暑がりでしてこれが快適なんですね。

そのときに快適な服を着ること。自然と手の伸びる服を着ること。

これは「ファッション好き」から「ライフスタイルの一つとして着こなし楽しむ」方へと進む第一歩なのではないかと私は思います。

この素材だから何月まで、背抜きだから何月まで、という決まりはありません。

冬が始まる前にツイードを着るもの悪くありませんが、私たちはもともと秋にクリスマスツリーを飾るのではなく、虫の鳴き声を聞きながら、中秋の名月にうさぎを見つけて楽しんできた人種なのです。

そのときどきをもっと自然に、素直に感じて、着こなしをしてみましょう。

立ち振る舞いや、その雰囲気に余裕が出てくるはずです。

リネンの着納めはいつなのか?

しかしそうは言っても気になるのが、リネンのアイテムの着納め時期でしょう。

モヘアならまだしも、リネンになると夏のイメージが非常に強く、10月に入って着るのもちょっと…という方が少なくないはずです。

リネンについてそんな心配があるなら、まずはリネンの厚さや重さに注目してみましょう。

例えばリネンシャツで大変薄手のもの、さらに色合いが夏を思わせるものを単体で着るのはもう難しいかもしれません。

これはシンプルに日没後に少し寒いこと、そして秋らしいのアイテムとの相性がよくない場合があることが理由です。

またリネンのジャケットについては、10月に着るのであれば少し工夫をしてあげると良いでしょう。

例えば綿素材のさらりとしたニットを組み合わせたり、ジレを挟んでみたり。ベージュやブラウンのリネンジャケットであれば、この方法であと数週間は楽しめるはずです。

またコットンのトレンチなど、軽めのアウターを羽織って楽しんでみるのもの良いですね。

 

Fabio Sodano ファビオ・ソダーノのモヘアジャケット

このジャケットはファビオ・ソダーノによるもの。ビスポークで仕立てられた一着ですから、もちろんハンドメイドです。

しかしナポリにおいてハンドメイドというのはある意味、最初の門でしかありません。流れ作業で縫製していくのではなく、数人の熟練した職人が手間をかけて、一着ずつ作ること。それがスーツやジャケットにおけるハンドメイドです。

その門を通ると、初めてナポリ仕立てという世界で評価されることができるのです。

そしてファビオ・ソダーノのジャケットは、単なるハンドメイドでは終わらない、強烈なスタイルを持っています。

試しに袖付け周りのカッティングに注目してみましょう。

普通キートンやアットリーニ、その他多くのサルトリアの場合、この部分は比較的なだらかなカーブを描いているはずです。

しかしファビオ・ソダーノのジャケットは非常に複雑な曲線を描いている。

まだ若手のサルトであるファビオがの仕立てが荒削りだという評価もできるでしょう。しかし個人的にはむしろ、彼がすでにある意思を持って服を仕立てていることをここに感じるのです。

彼にはもはや、実現したいスタイルがあるのですね。

今後が楽しみなサルトです。

華やかな色のジャケットを着こなすには Brioni & Spacca Neapolis Ties

こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

最近は本格的に秋を感じられるようになってきまして、そのおかげかカラフルで華やかなものを着たくなりますね。

もしかすると華やかなアイテムといえば春夏、というイメージがあるかもしれません。

しかしヨーロッパでは春夏にはリネンのジャケットを着ることが多く、ベージュやアイボリーなどが意外に多いものです。

そして逆に秋冬はツイードやフランネルでカラフルなものを楽しむ人が少なくありません。

またこの秋の始まりの季節に活躍するのが、合い物の服です。

今回は合い物のジャケットと現在オンラインストアで販売しているSpacca Neapolis Tiesのチーフを合わせたスタイリングを紹介いたします。

派手、華やかな色のジャケットを着こなすには

このジャケットはビスポークではなく、Brioni ブリオーニによるプレタポルテ。カシミアとシルクの混紡生地を使用しており、柔らかな手触りと上品な発色が魅力的な一着です。

しかしこの柔らかなオレンジの色合いは好みが分かれるところでしょうか。

ジャケットやスーツでよく着られる色はネイビー、グレー、ブラウン。その中であれば明るめのものや暗めのものなど、バリエーションは様々ですが大抵難なく着こなせるものです。

ところがオレンジ、赤、ピンクといった赤系の色や、イエロー、水色などの色になると、ジャケットやスーツは急に着るのが難しくなります。

そういった色合いのジャケットを着るときに大事なのは、その色を大事にすること。

派手な色を着るからといって「地味な色」を合わせれば良いというわけではありません。例えば明るいベージュやオレンジに常に定番のミディアムグレーやチャコールグレーを合わせればOKというのは、少し安直な考えです。

もちろんグレーは万能な色ですが、シンプルに考えてみてください。そう、グレーから受ける色の印象と、ベージュやオレンジから受ける印象は全く異なります。

ぱっと見で受ける印象の差だけを考えれば、ちょうどふんわりとしたフランネルとさらっとしたサマーウールの違い位に異なりますね。

ですからそのような華やかな色を着こなすときには、その色の持つ雰囲気をどのように生かすか、それを考えてあげると良いでしょう。

例えば今回は明るいオレンジ色のジャケットに、トーンの近いベージュのトラウザーズですが、少し寒い色合いのベージュにしてあげることで、色相に微妙な差をつけています。

この組み合わせでは全体的に淡く柔らかな雰囲気となりますので、それを生かして白シャツとオレンジのチーフでまとめました。

他には白のトラウザーズを合わせればより派手に、オレンジを際立たせた雰囲気になるでしょう。その場合にはストライプのシャツ等で、全体的に洒脱なコーディネートにしても良いですね。

またトラウザーズにライトグレーではその中間の雰囲気に。少し落ち着かせたい場合には、トラウザーズにブラウンをいかがでしょう。

ネイビーのトラウザーズはちょっと難しいですが、シャツをライトブルーにしてみるとメリハリの効いた着こなしになりそうです。

今回使用したポケットチーフ

今回使用したポケットチーフは、ニコラ・ラダーノが展開するナポリのネクタイブランド、Spacca Neapolis Ties のもの。ナポリをテーマにした美しいプリントシルクを、ハンドロールで仕上げた一枚。

コレクションが頻繁に変わるため、今回もあと数枚が売れてしまえば、このモチーフも終了です。

こちらはナポリのサンタ・ルチア港からほど近く、海の上に浮かぶようにして立つ観光名所、Castel dell’Ovoのペイントをあしらったもの。

オレンジを中心とした青や白の美しいグラデーションは、ポケットに挿したときにとても綺麗な色彩となって着こなしに華を添えます。

ぜひこの機会に手に入れてくださいね。

https://rambaldi.theshop.jp/items/8282807

美しいポケットチーフの挿し方 – Spacca Neapolis Ties Pochet

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今日はみなさんに、当店で取り扱っているSpacca Neapolis Tiesのポケットチーフを使って、美しいポケットチーフの挿し方をご紹介したいと思います。

これは私のお気に入りのポケットチーフの挿し方ですが、ナポリでも人気の挿し方です。見た目がお好きな方はぜひ挑戦してみてください。

また皆さんもお気に入りのポケットチーフとジャケットを用意して、読んでみてくださいね。

Spacca Neapolis Ties ナポリがテーマのポケットチーフ

さて、ポケットチーフの挿し方の前に、今回撮影に使用したアイテムを紹介しておきましょう。

このポケットチーフは、今最も注目されているファッションブロガーでもあるNicola Radano ニコラ・ラダーノが展開するSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスのもの。

Spacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスはもはや皆さんご存知ですね。ニコラの手がけるネクタイはビンテージ感のあるモチーフでありながらセンスの良い色彩、そしてナポリならではの柔らかな手縫いが生み出す極上の結び目が魅力です。

そんなSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスのポケットチーフは、ナポリをテーマにした絵画やプリントをモチーフとしています。

例えば今回使用したのは南イタリアの古いマップです。以前オンラインストアでAncient Mapとして販売していたので、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。

他にもナポリの有名な遺跡である「卵城」やニコラの住んでいるナポリ近郊の町「ポルティチ」をテーマにしたチーフなどあり、まあナポリファンの心のくすぐり方のわかっていること。

実は今回プロフェソーレ・ランバルディ静岡でこのSpacca Neapolis Ties スパッカ・ネアポリスのチーフ(かなり偏ったラインナップでしかも大量)再入荷があったため、こんな茶番みたいな記事を書いて宣伝しているというわけです。

明日にはオンラインストアで販売再開です。

ナポリ風のポケットチーフの挿し方

Luigi Grimaldi ルイジ・グリマルディのジャケットと合わせて。ちなみに現在ルイジ・グリマルディの一部商品がセール中です。

さて、それではポケットチーフの挿し方をご紹介いたしましょう。

皆さんもご存知かもしれませんが、ナポリのファッション好きは非常に華やかな挿し方でポケットチーフをする人が多いですね。

例えばロンドンハウスのルカ・ルビナッチ。「Hello Everyone!!」なんて颯爽と現れる彼の胸ポケットには、日本がモチーフのポケットチーフがクシャっと差し込まれています。

上の写真もそのような挿し方をしています。

しかしこのポケットチーフは、むやみに突っ込んでいるわけではありません。

まあなんと申し上げますか、「むやみ」にちょっと一手間加えて突っ込んでいるのです。「クラッシュドパフ」なんて呼ばれることのあるポケットチーフの挿し方です。

ではこれから、その具体的な方法をご紹介いたしましょう。

まずはポケットチーフを用意してください。

今回は素晴らしい地図を胸ポケットに秘めることといたします。

1.ポケットチーフをつまむ。

コツはありますか?

もちろんありますとも。知り合いの女性が忘れていった、シャネルの香水の匂いがするハンカチを拾うときのような感じです。

このブログ読者の1割を占める真面目な方のためにもっとまともなコツを申し上げましょう。

このポケットチーフでしたらイタリア、プーリア州ターラントのサンタンジェロ城から南に15km、西に10kmの地点をつまむことで、うまくいきます。

他のポケットチーフでしたら、いわゆる真ん中をつまんでいただくのがおすすめです。

2. ポケットチーフをしぼる

便宜上左手で握っておりますが、先ほどポケットチーフをつまんだのと反対の手でポケットチーフを絞るように持ちます。これはちょうどパフドスタイルを作るときと同じような手順ですね。

そして注目すべきはその反対側。

コインの表と裏のように、ポケットチーフにはいつもクラッシュドとパフドができているわけです。

3. ポケットチーフをツイストする

さて、このスタイルでポケットチーフを挿すときに大事なのが、ツイストすることです。

クラッシュドのスタイルでも言えることですが、ここでツイストをしないと、ポケットチーフの先があまりにもバラついてしまいます。ツイストをすることでクラッシュドにまとまりが出て、派手すぎないスタイルになるわけです。

もちろんこれは好みなのでどちらでも構いませんが、私の場合にはある程度方向がまとまったクラッシュドが好みのため、ツイストします。

このツイストによって最終的なスタイルが決まりますので、好きな形になるよう色々と挑戦してみてください。

4. 半分に折りたたんでポケットに挿す

これで最後です。

つまんで、しぼって、つねったポケットチーフを最後に半分に折ります。パフが左側に、クラッシュが右側にくるようにして持って、そっとポケットに差し込みます。

このとき一度、ある程度奥の方まで入れてしまいましょう。

でないとついつい入れ方が浅くなってしまい、爆発したような見た目になってしまいます。

5. 好きなところを引っ張って、好きな形を作れば完成

さあ、いかがでしょうか。

私の場合にはある程度ポケット奥まで入れた後、クラッシュ部分を右に軽くねじりながら引っ張って、なんともやる気のない感じにしています。

まじめな話クラッシュ部分があまりにも尖っているとパーティのような華やかさが出てしまうため、カジュアルに着こなす場合には、こんな程度でも良いのでは、と私は考えております。

これも好みによりますね。

もう一つのポケットチーフの挿し方

こうしてナポリ風のポケットチーフの挿し方をご紹介いたしましたが、実は一つ問題があるのです。

それはジャケットによって、ポケットにラペルが被っており、ポケットチーフをうまく見せられない場合があるということです。

例えば上のサルトリア・カラッチオーロのジャケットなどもそうですね。

そこで私の場合には、ポケットの右側からうまくポケットチーフがのぞくように、3フォールドにしています。ちなみに3フォールドの場合も、先ほどのように軽くツイストしてあげるのがリラックスした雰囲気を出すコツです。

見やすいようにラペルを立てて、上から眺めた図です。

軽く3フォールドで挿した後に、それとなくずらしていく、ただそれだけのことですが、しっかりとポケットチーフがジャケットから頭を出してくれます。

このようなタイプのジャケットの場合には、パフドスタイルやクラッシュドのようなポケットを広々使うような挿し方ではなく、このような3フォールドやTVフォールドが良いでしょう。

皆さんも是非、自分のお気に入りのポケットチーフの挿し方を見つけてくださいね。

『お洒落に着こなすルールとは』 – Nicola Radano ニコラ・ラダーノのインタビュー

僕は色々な素材で遊ぶのが好きです。

例えば僕はソラーロのトラウザーをニットのポロシャツと合わせてコーディネートするのが好きです。

これは全然、一般的ではありません。

また僕は様々な色を自由に着こなすのが好きです。

よくベージュやブラウン、グリーン、ダークブルー、ダークグレーなどでコーディネートしています。

つまり僕のシガレットは……もちろんタバコのことではないですが……着こなしにルールを持たないことです。

だからもし気に入れば僕はブルーのジャケットを、ブラウンのトラウザーと合わせて着こなすこともできます。

好きなものを、好きなように着ること。

僕はビスポークの服を自分の好みに合わせて着ているとき、とても気持ちが良いのです。

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今回は早速、私の友人であるSpacca Neapolis Tiesのオーナー、Nicola Radano ニコラ・ラダーノのインタビューをご覧頂きました。

今日は彼のインタビューの内容を紹介しながら、皆さんに一つ大事なお話をしたいと思います。

Wear What You Like

私は先日プロフェソーレ・ランバルディ静岡で行われたSpacca Neapolis Tiesのトランクショーの期間中、何度かNicola Radano ニコラ・ラダーノに尋ねました。

「コーディネートをするときのコツは?」

「どうやったら上手く着こなせるの?」

これは私の疑問でもありますが、何よりお客様やビスポークを愛する皆さんの疑問でもあります。しかしこのように尋ねる私に、彼は毎回のようにこう答えるのです。

You can just wear what you like to wear. (ただ着たいものを着れば良いんだよ)

そしてついに私は、彼がビスポーク界のライバルたちに着こなしをコツを隠しているわけでもなく、出し惜しみをしているわけでもなく、ただ着たいものを着ているだけなのだということを理解したのです。

Nicola Radano ニコラ・ラダーノの装いは、クラシックでありながら一般的なクラシックとはかけ離れています。

彼の着用しているSartoria Ciardi サルトリア・チャルディのビスポークトラウザーズは完全にクラシックそのものですが、しかし彼はそれをさらりとニットのポロと合わせて着こなしたりします。

合わせている靴はローファーが多く、スーツであろうとオックスフォード靴にこだわる様子はありません。

きっと日本のクラシックな装いを追求している人々から見たら、彼の着こなしはクラシックとは呼べないものでしょう。

しかし不思議とNicola Radano ニコラ・ラダーノの着こなしはとても魅力的に見えるのです。

それはやはり彼が自分の気分に従って、自分の着たいものを着たいように着ているからでしょう。

ルールを求めずに、自信を持つこと

ナポリで彼の恐ろしく小さな車……スマートに揺られながらポルティチから中央駅へと向かっているとき、ニコラ・ラダーノは私にふと尋ねました。

「なぜ日本人はインスタグラムで顔を出さないんだい?」

確かに、彼の言う通りでした。良いか悪いかは別として、日本人はインスタグラムで顔を出している人の方が少なく、ほとんどの人が顔を写さないよう注意しながら写真を投稿しています。

もともと日本人はプライバシーに厳しいこともありますし、仕事の都合などもあるでしょう。しかしNicola Radano ニコラ・ラダーノと長々話した結果、私は最終的にこう言いました。

「日本人はきっと顔を出す自信がないんだと思う。日本人には常に理想形が決まっている。こんな顔がかっこ良くて、こんな顔が美人だと。かっこいい人を褒める時に、日本人は『○○に似ている』と人気な芸能人や俳優と比べる。日本では常に理想形と比べられるから、誰もが自信をなくしてしまうんだよ、きっと」

彼は一言、ストレンジだね、と言いました。

ファッションの着こなしもまた同じなのでしょう。

日本人が着こなしにルールを求めがちで、また「業界人」や「本場」の着こなしを真似たくなるのは、やはり自分だけが理想形から遠く離れた着こなしをするのが怖いからなのかもしれません。

しかしNicola Radano ニコラ・ラダーノを見ていると、私たちの恐れがバカバカしく感じてしまいましょう。

彼はフォロワー、例えばインスタグラムなら自分の着こなしに注目する3万2000人のファッショニスタ達の前で、誰の意見も気にせず自分の好きな服を着こなしている。

まだ22歳の彼にそれができるのに、なぜ私たちにそれができないのか?

私たちは自信を持って、ルールや業界人、本場という言葉を捨てて自分の好きなものを好きなように着こなして良いのです。

好きなものを、好きなように着る

例えば私はベージュやアイボリー、そしてホワイトの服を着こなしに取り入れるのが好きです

Sartoria Piccirillo サルトリア・ピッチリーロで仕立てたライトベージュのウールスーツに、アイボリーのコットンリネンを合わせて着こなすのは、私にとっては至福の時なのですね。

また私は白のコットントラウザーズをビスポークで何本も作っています。白のトラウザーズに白やアイボリー、ストライプのシャツを合わせ、気ままなジャケットを着るコーディネートは、私のデイリーな着こなしです。

そして私がライトベージュのスーツにアイボリーのシャツを着て、Spacca Neapolis Tiesのポケットチーフを差すと、Nicola Radano ニコラ・ラダーノと私はこんな会話をするのです。

ニコラ「Bello.(いいね)」

私「しかし君はホワイトやベージュをあまり着ないね」

ニコラ「汚れが気になるから、明るい色は嫌いなんだよ」

私「Fair enough.(まちがいないね)」

好きなものを、好きなように着ること。

Nicola Radano ニコラ・ラダーノは何も常に完璧な着こなしを知っているわけではありません。ときには「なんだか図書館にいる学生みたいだ」と言って服を着替えにいくこともあるのです。

スーツやジャケットを決めた時に、直感が導いてくれるシャツやトラウザーズ、そしてネクタイを合わせていく。気に入れば誰がなんと言おうと自信を持ってそれを着こなし、気に入らなければやり直す。

それがNicola Radano ニコラ・ラダーノにとって着こなしにおける唯一のルールなのです。

サルトリアの仕立てるスーツは何が違うのか? – 本物のサルトリア製スーツは稀である

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今日は珍しくバローロも、バルバレスコも、キャンティも、果てはカンパーニャ州の安いアリアニコ種のワインさえも飲まずに記事を執筆しております。

よって、今回は支離滅裂としていない素晴らしい文章を期待できますので、ぜひ最後までお付き合いください。

さて、今回は皆さんにサルトリアが仕立てるスーツが、そうでないスーツ(例えばファクトリー製の中堅グレードといわれるスーツ)と何が違うのか。それを解説していきたいと思います。

サルトリアの仕立てたスーツは手に入らない?

サルトリア・チャルディは世界的に有名なサルトリアだが、たった数人の職人で仕立てている。

と、書き出しては見たものの、実は日本では本当にサルトリアが仕立てたスーツなど、それほどたくさん手に入るものではないのです。

日本には「サルトリア」と名前のついたブランドや、名付けられたオーダースーツのモデルなどが沢山ありますが、それはあくまでサルトリアのテイストを取り入れたものであり、サルトリアが実際に仕立てたものではないのです。

本当のサルトリアはむしろ、あなたの街にこそ存在しています。それは仕入れ時は新作コレクションだったはずのドーメルがなぜか40年モノのビンテージになってしまっている、街の古めかしいテーラーです。

日本の昔ながらのテーラー文化は誂え服が廃れるのと同時に停滞してしまい、今日本で注目されているのはイタリアや英国で修行をした、いわば里帰りの職人たちですよね。

しかし、本物のサルトリアが仕立てたスーツについて考えるには、この古めかしいテーラーを思い浮かべると丁度イメージが湧きやすいのです。

この昔ながらのテーラーが、どれだけ既製服を作れるか?

いや、そうたくさんは作れないでしょう。

そしてイタリアのサルトリアも同じです。彼らは世界中から注目されていることで、未だに生き生きとサルトリア文化を継承していますが、しかし規模や仕事への向き合い方はあの昔ながらのテーラーとそれほど変わらないものなのです。

だから、本物のサルトリア仕立てのスーツやジャケットは日本でもそれほど多く取り扱われておらず、ファクトリーで手仕事の割合を多くしたり、あるいは雰囲気を取り込んだりして作っているものが少なくないのです。

サルトリアとファクトリーの違い

カサルヌォーヴォにたたむずむサルトリアに近いファクトリー。日本で有名な「ラテン風」ブランドも手がける。

ナポリでは各サルトリアが本物のサルトリアとしての自覚と、誇りを持っています。ですから彼らは先ほど書いたようなファクトリーで作られたサルトリア風の服と並べられるのを嫌います。

ナポリのサルト達にとってサルトリアはあくまで仕立て屋であり、いくら既製服を作ろうともファクトリーではないからですね。

ナポリではFabbricaすなわち工場(とはいっても、実際は工房と工場の境目くらいの小ささ)で作られた服はConfezioneと呼ばれ、仕立て服とは明確に分けれます。厳密に言うとキートンやアットリーニ等のブランドも、Semi-confezioneと呼ばれます。

日本で売られているブランドで言えば、高品質なマシンメイドと呼ばれているものもConfezione、ハンドメイドと呼ばれている既製服の多くがSemi-confezioneとなるわけですね。ちょっと厳しい分類ですが、ナポリのサルトリアのプライドを感じます。

では何が根本的に違うのか。

実際にはファクトリー製であろうとサルトリア製であろうと、結局腕のいい職人がいれば違いはありません。しかし一般的にはサルトリアでは仕立て服と何百、何千と対峙してきた職人が服を作りますし、ファクトリーでは既製服を作ることに慣れた職人(逆に言うとビスポークは仕立てられないことがある)が作ることになります。

また小さなサルトリアでは数人で一着のスーツを担当しますが、ファクトリーではより多くの人が一着のスーツに関わるようになります。

それはなぜかと言えば、ファクトリーでは一人の職人が担当する部分がより少なくなり、いわゆる原始的なマニュファクチュア(工場制手工業)の形で分業して一着を作るようになるからですね。

同じ手縫いでもサルトリアのスーツは意味が異なる

サルトリア・ダルクォーレの職人。素早く、そして確実に縫い上げる。

ここでどんな違いが生まれるのでしょうか?

一概には言えませんが多くの人が関わると、ある意味スーツは平均化します。逆に一人が多く関わって作られたサルトリアの仕立て服のような既成スーツは、ある程度その一人のイメージに沿って作られていくので、キャラクターが反映されやすくなります。

例えば仕立てに非常に特徴のある人気サルトリアが既製服を展開したが、見てみたら妙に没個性なスーツに見えたという経験があるかもしれません。

ビスポークではそのサルトリアの名前を背負うサルトが自分のイメージでスーツを仕立てるが、既製服は型紙こそ彼の作品であっても、多くの職人が手がけるため仕立てが凡庸になってしまうことがあるのです。

また、Confezioneを手がけるファクトリーは、バイヤーの希望で手縫いの割合を増やすこともあります。

もちろん手縫いによってクオリティが高まることもありますが、やはりビスポークを繰り返してきたサルトリアが行う「手縫い」とファクトリーがオプションで追加する「手縫い」とでは多少の違いがありますね。

サルトリアの仕立てる既成スーツは、ビスポークで培われた技術で仕立てられている。そのため、同じ部分が同じように手縫いであっても、ハンドメイドであっても、その効果や意味はやはり異なるのです。

サルトリアに近い、ファクトリーブランドとは

ファクトリーブランドとして既製服を展開するLuigi Grimaldi Napoli ルイジ・グリマルディのビスポーク。これはサルトリアの仕事と全く変わりないどころか、非常にレベルが高い。

しかしもう一つ注目すべき事実があるのです。

それが、ビスポークの技術を持つ大変レベルの高い職人が、ファクトリーで働いていることも少なくないということ。

例えばLuigi Grimaldi Napoli ルイジ・グリマルディです。

このブランドはSemi-confezioneのジャケットやスーツをメインとしているのですが、その出自はサルトリアです。現地の店舗ではサルトリアとしてビスポークを受注していますし、しかもそのサルトリアにはナポリの人々が集まってスーツをオーダーしています。

この前ナポリ出張で立ち寄ったときには、ちょうどナポリの親子が父と兄弟2人でルイジ・グリマルディに完成したスーツを受け取りに来ていました。彼らは兄弟二人がスーツをオーダーし、父がそれを見極めているという具合で、真剣そのものでした。

そのようにサルトリア出自のファクトリーでは、熟練の技術を持った職人がスーツやジャケットを作っている場合もあります。

そんな場合は、そのクオリティはやはり単なるファクトリーを超え、まるでサルトリアのようなレベルの高い仕立ての既製服を生み出すことができます。

そう、逆に言えばその仕立てを見ればそれが本物のサルトリアの関わった仕立てかどうかわかるのです。

まずは一度本物のサルトリア仕立てを体験しよう

大事なのはこれにつきます。

一度本物のサルトリアの仕立てを見て、体験することです。それはちょうどワインの味を知るのと同じです。

3,000円のキャンティを飲みなれたら、3,500円のキャンティを飲むのではなく、一度だけでも1万円のバローロを試してみる。すると逆に3,000円のキャンティの中でどれが美味しくてお得なのかもわかるようになる。

と、そんな具合でまずは本当にサルトリアが仕立てたものを体験してみるのです。

するとどれがサルトリアの仕立てたスーツか分かるようになり、逆にサルトリアと呼ばれていてもそうでないものが分かるようになる。また、マシンメイドと言われるものでも、むしろサルトリアらしい職人技の生きたスーツを、見分けられるようになるかもしれません。

……なんて、今日は3,000円のキャンティを開けるとしましょう。私はいつまでたっても、ワインの味がてんで分からないのです。