Sartoria Ciardi ナポリ仕立ての歴史を作るサルトリア

世界最高峰と言われるサルトリアが、ナポリにはいくつもひしめいています。この小さな混沌とした街には文化としてナポリ仕立てが息づき、洒落者たちはまるでバルにエスプレッソを飲みに行くかのように、サルトリアに通っています。

そして昔は南イタリアの地方都市の文化でしかなかったナポリのサルトリアは今や、世界中から憧れの的となっています。

「テーラー」という英語は構築的なスーツと共にワードローブの中に押し込まれて、代わりにウェルドレッサー達は「サルトリア」と、いかにも軽快な響きを持つイタリア語を羽織って街へと出て行くのです。

そんなサルトリア・ナポレターナの歴史を作り上げた仕立て屋の代表格は、おそらく誰もが認めるところの二軒、サルトリア・パニコとサルトリア・チャルディでしょう。

ハイセンスなブティックやアンティーク家具店が並ぶミッレ通りからほど近く、お互いに徒歩5分ばかりの距離にアトリエを構えるこの仕立て屋たちは、今なお数あるナポリのサルトリアの中でも一流とされている名門です。

今日はその二軒のサルトリアの中でも、プロフェソーレ・ランバルディ静岡がビスポーク受注を開始するサルトリア・チャルディについて紹介していきます。

Sartoria Ciardi サルトリア・チャルディ

サルトリア・チャルディは今年4月に惜しまれながらも亡くなったレナート・チャルディが創業したサルトリアです。レナート・チャルディは1934年生まれ、ナポリ仕立ての直系とも言える伝説的な職人アンジェロ・ブラージのもとで修行をした黎明期の職人です。

サルトリア・チャルディの仕立てはナポリでも特徴的です。その少しクラシカルな雰囲気の漂うスクエアなショルダーラインや、切れ長の堂々としたラペル、深いVゾーンなど、パッと見ただけでレナートの仕立てであることがわかります。

レナート・チャルディはナポリの仕立て屋の間でも非常に評価の高い職人です。個別意識の強いナポリでは仕立て職人が他の職人を褒めることは殆どありませんが、レナート・チャルディだけは皆が口を揃えて「彼は特別だ」と言うものです。そこには尊敬と、あるいは畏怖の念さえ感じられます。

そのレナート・チャルディの後継者となるのがチャルディ兄弟、ヴィンツェンツォ・チャルディと、ロベルト・チャルディです。彼らはもちろん職人としても高い技術を持っていますが、一番大切な役割はフィッターといえるものでしょう。

サルトリア・チャルディにはまたレナート・チャルディと共に長い間働いている老練の職人たちが数人います。彼らはサルトとして人生をかけて仕立てを習得した職人でもあり、さらにはレナート・チャルディの仕立てを最も間近で体感してきた人々でもあります。レナート・チャルディの仕立てを絶やすことなく続ける、正当な継承者です。

レナート・チャルディが亡くなったとき、私はそれを心から悲しむと共に、ナポリ仕立ての歴史が一つ、幕を閉じたのだと考えました。しかし今年4月にサルトリア・チャルディを訪れたとき、工房は相変わらずクライアントからの注文と、忙しく働く職人達で賑やかでした。

世界中のファン達はサルトリア・チャルディが変わらず素晴らしい仕立てをしていること、そしてレナート・チャルディの思いは完璧な形で継承され、それは今も変わらずナポリ仕立ての歴史を更新し続けているのだということを、知っていたのです。

サルトリアを超えた体験、チャルディの秘密

しかしサルトリア・チャルディがナポリの洒落者達にこれほどまでに強く愛されているのは、その仕立てだけが理由ではありません。

このサルトリアは人々に、服以上のものを提供しているのです。

サルトリア・チャルディは数あるサルトリアの中でも、特に老舗らしい雰囲気のアトリエです。英国風のチェスターフィールド・ソファと猫足の家具に囲まれ、ナポリらしい唐辛子のモチーフや、あらゆる工芸品で飾られたサルトリア・チャルディのアトリエは、訪れる人に深い感銘を与えます。

そしてこのアトリエのソファに腰掛けて、エスプレッソを準備してくれるのを待ちながら、チャルディ兄弟と小さなテキスタイル店で見かけたビンテージ生地の話をしているとき。自分がナポリ仕立ての歴史の登場人物になったことを、あなたはまじまじと感じるのです。

そう、その不思議な感覚こそ、サルトリア・チャルディの秘密です。

例えばナポリの高台にあるセッサ宮の窓辺に立って、ナポリの街並みを眺めてみるとしましょう。

ナポリは楽園だ。人はみな、われを忘れた一種の陶酔状態で暮らしている。私もやはり同様で、ほとんど自分というものが分からない。

今から300年も前に同じところに立った詩人ゲーテ、彼が表現したのと殆ど変わらない姿のナポリがそこに広がっています。そこではきっと自分が一本の歴史の延長線上に立っていることを、感じずにいられないでしょう。

そしてサルトリア・チャルディで過ごす時間もまた、そのようなものなのです。これまで何百、何千というナポリの上流階級の洒落者達が作り上げてきた軌跡の上に腰掛け、彼らが愛した仕立てを体験すること。

サルトリア・チャルディはただ服を仕立てているのではなく、ナポリ仕立ての歴史を作り続けています。そしてそこでオーダーする人は、その歴史の作り手の一人となるのです。

「チャルディのジャケットは、招待状のようなものだ」

最初にも書いた通り、ナポリのサルトリアは今世界中から注目されており、そのおかげで新しい実力派サルトリアもたくさん現れています。その中にはそれこそ老舗に勝るとも劣らない素晴らしい仕立てをしている店も少なくありません。

しかしその中でも今なお、本物のナポリ仕立ての世界を知りたいと願う人々がサルトリア・チャルディに足しげく通うのはなぜか。

ナポリのある洒落者が言いました。

サルトリア・チャルディで仕立てたジャケットは、招待状みたいなものだ。

世界中に存在する本物のウェルドレッサー達……雑誌に出ているような着飾った奴らじゃないよ。僕が言ってるのは貴族や王族、それに高い教養と文化を持つ富裕層たちだ……彼らが常識のように仕立てているサルトリア・チャルディの服を着ること。それは意識の次元で彼らの仲間入りをすることなんだ。

それを着るとき君は自然とそれにふさわしい教養や文化、立ち振る舞いを手に入れたくなるだろう。そうでもなければ似合わないからね。そしてサルトリア・チャルディでなければ、他のどんなサルトリアも、やはりそこまでのノーブルさは成し得ない。

だから皆サルトリア・チャルディに服を仕立てに行くのさ。

私は実際にサルトリア・チャルディに足を運ぶ前にこの話を聞き、話半分に聞いていたのです。しかしそこを訪れて、実際のその仕立てられた服を見たときには、この話を一字一句違わず、完全に思い出し理解しました。

また私がサルトリア・チャルディのオーダーを自分の店で扱い、日本でいつでもビスポークができるようにするのだとあるナポリの友人に話すと、彼はすぐに店の写真を見せるように言いました。

そして実際に写真を見せると、彼は安心したように言ったのです。

「よかったよ、もし君が絨毯さえも敷いていない牢獄みたいな店の、アンティークの家具やシャンデリアの一つもない中でサルトリア・チャルディの服を扱おうとするものなら、やめろと言おうと思ったのさ。だって、サルトリア・チャルディって、そういうものだろう?」

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