なぜナポリ仕立てはファッションではなく、文化なのか

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

最近はご案内ばかりでめっきりブログが物足りなくなった、という方のために今日は実に経済効果のなさそうなブログを執筆することにいたしましょう。

なぜナポリ仕立てはファッションではなく、文化なのか。

こんな長くてくどい文章を書くのは、きっと今日が最後でしょう。今週は…。

服=ファッションなのか?

もともと洋服とファッションというのは、実に危うい関係性のもとに成り立っています。すなわちどちらも同じものとして見られがちで、確かに同じものである場合もあり、しかし全く別物として理解しなければならないこともある。

誂え服でもそれをどのようなスタイルで仕立て、どのように着こなすかを考えたときにはそれはファッションの範疇と言えるでしょう。

ファッションという言葉には、その時々のトレンドという意味があります。皆さんもご存知の通り、時代によって着ていて「普通」に見えるファッションは変わります。

私たちが愛してやまないクラシックスタイルでさえ、本質的にはここ数十年の変化の少ないトレンドと言って差し支えがないのです。

ですがプロフェソーレ・ランバルディ静岡では、ナポリ仕立てを少し違った観点から扱っています。それが文化というものです。

これは装い方というよりも作り手の物語であり、職人と顧客だけでなく、職人と街、顧客と場所、土地柄と感性など様々なものが複雑に交錯して出来上がった一つの「継続する遺産」なのです。

服、その特別なること

もともと、服は人間にとって単なるお飾りではありません。

エデンの園で平和に暮らしていたイヴは、ずる賢い蛇にそそのかされて善悪の知識の木になる実を食べてしまった。イヴに従いアダムにも食べさせた。するとたちまち2人は自分たちが裸であることに気づき、恥ずかしくなって体をイチジクの葉で隠した。 – 旧約聖書『創世記』

また古い話を持ち出したなヘンテコな洋服屋め、と思われるかもしれません。なあに、昨日食べたご飯も覚えていない私にとって、24時間前も2700年前もそう変わりませんよ。

みなさんもご存知のこの一説ですが、面白い話だと思いませんか。

書かれている通り、知恵をつけた彼らは、まず真っ先に服を求めたのです。

紀元前3500年頃には人類最初の文明を起こしたと言われるシュメール人が、装飾的な羊毛のマントやベルトを巻くようなスタイルを確立していたと言われています。

写真は紀元前2600年頃、ウルのもの。

2000年以上にわたり世界そのものであったともいえる「貨幣」でさえ、紀元前7世紀のリディア王国が作るまでは本格的なものが存在しなかったのに、服はそれよりも3000年近く前からその形が追求され、改良されてきたのです。

服は単なるお洒落ではなく、ある時は実用的な意味で、ある時は宗教的な意味で非常に大切なものでした。

それから時代によって、また地域によって、服は進化しました。

体を守るため、裸体で恥をかかないために生まれた服は、部族や人種を表すようになります。次第に服は身分を、さらには職業を表すようになり、ついには小さな団体を、そして個人を表すようになりました。

運命的な服、ナポリ仕立て

時代は下って1900年代。

もはや多くの服が意味をなくし、単なるファッション=お洒落もしくは実用品になりつつあった時代に、極めて局所的で特徴的な服が生まれた。

作り手の物語であり、職人と顧客だけでなく、職人と街、顧客と場所、土地柄と感性など様々なものが複雑に交錯して出来上がった一つの「継続する遺産」としての服。

これがナポリ仕立てです。

それは今なお着る人だけでなく、街とそこに住む人、そこでの生活そのものに強い影響を与え続けている。

ここに「ナポリ仕立ては文化だ」私がといつも仰々しく書き立てている理由があります。

例えばミケランジェロのダヴィデ像。

これが紀元前3000年頃から脈々と伝承されてきた神話、そこから編纂された聖書、ヨーロッパ世界を支配したギリシア・ローマの文化、暗黒時代、そしてルネサンスと長い歴史の中で運命的に生まれた傑作であることはお分かりでしょう。

ナポリ仕立てもまた、そのようなものなのです。

ギリシア人が入植してから何度も支配者が変わることで生まれたナポリ独自の気風、地中海の風、都市国家というよりは王国として発展した歴史、英国人の置き土産、南イタリアの貧さ。そういうものが何万と積み重なって生まれた、運命的な服なのですね。

ほら、こうして想いをはせてみるとナポリ仕立てがより愛くるしく思えるではありませんか!

それは決して色の組み合わせや、裾の長さをどうするかというだけの話ではないのです。

文化には人の手がある

さて、もう一つ忘れてはならないことは、文化にはいつも人の手が関わっているということです。

科学技術が発達した現代において、一枚の写真を美しい絵画風の画像に変えるのは難しいことではありません。もはやAIが要望に合わせて絵を描いてくれる時代も遠くないでしょう。

しかしそういったものが文化と呼ばれることは、おそらくないはずです。

実は日本語の「文化」にあたる単語、英語のCulture カルチャーやイタリア語のCultura クルトゥーラはラテン語のColere コレレ = 「耕す」という単語が語源とされています。

それはどういうことか。

文化が人の手作業と、果てしない労働、そして無限の努力、そして何かを生み出すという強い意志によって生み出されるものだということです。

ですから大きなブランドロゴがあしらわれたハイブランドは文化というよりビジネスと呼ぶ方がしっくりきますが、毎日毎日続く果てしない手作業でしか生み出せない服を作り続けるナポリのサルトリア はいかにも文化と呼びたくなるものなのです。

建築が文化ではなく工業になったのは、20世紀に機械が実に効率よく動いてくれるようになってからです。

逆に量販店の白い家具を文化とは呼べなくても、クイーンアン時代のアンティーク家具を、いやそれどころか田舎の実家にある日本彫刻の入った古いタンスを文化と呼びたくなる感覚はどこからくるか……。

ナポリ仕立てを見にまとうとき、それがただのファッションではないことを少しだけ思い出してみましょう。

すると不思議と、一着のスーツが今までと違った色を帯びて見えるようになるかもしれません。

プロフェソーレ・ランバルディ静岡が扱うスーツは、”その色”のスーツなのです。

【ご案内】東京都内に新店『アンニ・セッサンタ』がOPENしました

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今夜は急なお知らせをして、皆さんを困らせることにいたしましょう。きっと仰天して、手に持っているコーヒーをあなたの大切なトラウザーにこぼしてしまうでしょう。

すると新しく始まる(そして近日皆さんにご案内予定の)NATALE ナターレというトラウザーブランドが絶好調なスタートを切ると言うわけです…。

「今日は妙に酒が進むぞ」 – スヴィドリガイロフ

さて、急なお知らせというのは東京・汐留にオープンする姉妹店のご案内です。

名前はイタリア語で60年代を意味する『Anni Sessanta アンニ・セッサンタ』

これまで静岡まで実にたくさんのお客様に足を運んでいただきました。遠方からお越しくださる当店のお客様は実に情熱的ですし、私はやはりプロフェソーレ・ランバルディ静岡とそのお客様を更なるナポリ仕立ての深潭に導くことをやめないでしょう。

しかし同時に、この度JR新橋駅から徒歩5分の汐留イタリア街に姉妹店がオープンすることによって、静岡までお越しいただくのが難しい方にも本物のナポリ仕立てをご体験いただけるようになります。

『アンニ・セッサンタ』

街にはサルトリアが溢れ、誰もが馴染みのサルトで仕立てたスーツやジャケットを美しく着こなしていた60年代。
ナポリのキアイア通りが、サルトリアで仕立てた服を着た人々で溢れていた、美しい時代。

時代に左右されない 歴史に裏打ちされた本物のスタイルの提案と今なお脈々と受け継がれる高度な技術・文化の継承。

我々のコンセプトに共感してくれた稀代のマエストロ「アントニオ・パニコ」が最も愛した時代を店名に冠し、60年後にも美しいスタイルを、そのストーリーと共に。

実はこの『アンニ・セッサンタ』という店名は、かのマエストロ・アントニオ・パニコから頂いたものです。ストーリーはこちらから。

すでにご存知の方も多く、この業界で長年経験を培ってきた檀崎氏がオープンする姉妹店『アンニ・セッサンタ』。

サルトリア・パニコのMTMと当店で取り扱い中のほぼ全てのブランド、そして檀崎氏がセレクトしたビンテージやデニムを含めた商品を展開します。しばらくはプレオープン期間となりますが、通常通りご予約とご注文を承ります。

また、ひと月のうちの何日間かは私(大橋)も『アンニ・セッサンタ』にいる予定です。(随時ご案内いたします)

その期間中でしたら私の方よりサルトリアやナポリのお話をさせていただくこともできますので、もしご来店をご希望の方は前日までにご予約をお願いいたします。

お問い合わせ、ご予約は下記URLか当店お問い合わせフォームよりお願い致します。

それでは、ご機嫌よう。

Anni Sessanta アンニセッサンタ
東京都港区東新橋2丁目18-3 704

公式サイト http://annisessanta.jp

お問い合わせ http://annisessanta.jp/contact/

ご来店予約 http://annisessanta.jp/appointment/

Sartoria Piccirillo サルトリア・ピッチリーロで仕立てたビンテージ・モヘアのジャケット

こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

誰もが一度は、パリ5区の5階建アパルトマンの屋根裏部屋に住んでみたいと願ったことがあるでしょう。誰でも一度は朝焼けの海辺に座り、小さな焚き火でコーヒーを淹れてみたいと思うか、あるいは千ページもある分厚い洋書の中を四角く切り抜いて、秘密の収納を作ってみたいと思うはずです。

そして日々を共にするジャケットを仕立ててみたい、これもまた実は同じような種類のささやかな願いなのです。しかし常識やルール、ブランド価値や周りからの評価など、細かなことを考えすぎてしまうために、物凄く難しいことに思えてしまう。

海辺でコーヒーを淹れるとき、その豆の焙煎具合や挽き具合がどんなものだとか、他人の用いているCOE(カップ・エクセレンス)優勝豆に比べて自分の豆のグレードがどうかとか、気にすることはないでしょう。

仕立ててみたいと願うこと、その本質はなんと慎ましいものか。

せっかくジャケットを仕立てるのであれば、難しいことを考えすぎてはいけません。

あなたの心の裾を引く魅力的なサルトリアで、そのとき憧れた生地で(その色や素材もそのときの思い出だと思って)、小さな夢を叶える感動と共にオーダーをしてしまいましょう。

その方がずっと、大人らしいではありませんか。

Sartoria Piccirillo サルトリア・ピッチリーロで仕立てたモヘアジャケット

さて、その慎ましい一歩を踏み出した私ですが、どうも踏み出したにも関わらず服が仕上がってこないといういつもの悩みに苛まれることとなりました。

それもそのはず、何人かのお客様にオーダーいただいているスーツがあり、そちらの進行こそが第一優先だからです。

そして待つこと数ヶ月、ついに上がってきたのがこちらのジャケットです。相変わらず私のジャケットは、オンラインオーダーのお客様の大量のシャツに中に埋もれて届くのですが。

イメージしていたのは、ナポリの初夏に颯爽とデニムとビスポークのジャケット、シャツを合わせて着こなすナポリの紳士達。

ナポリではよくライトグレーのジャケットにデニムを合わせ、スニーカーや革靴を履いてさらりと着こなしているものです。

ビスポーク仕立てのジャケットをパッチポケットにダブルステッチで仕上げれば、デニムと合わせてとてもエレガントなカジュアルさを演出することができます。バッグを使わずに、スコッチ(透明テープ)と丸めた謎ファイルを手に持てばより現地風ですな。なんと計算されたSprezzatura スプレッツァトゥーラ。

今回私が選んだのは、当店で一反まとめて購入して在庫しているビンテージのウールモヘアリネン生地。英国の老舗ミルが織り上げたもので、昔の生地ならではの織り感とリネンのネップ感が相まって非常に表情豊かです。

より美しく、男らしいシルエットで

まだシワが取れきれないままご紹介するのが残念ですが、どうでしょう。

前回よりもさらにリファインされたシルエットは、私の体に非常にナチュラルに沿いながらも、力強さを少しずつ加えてくれるのです。

Sartoria Piccirillo サルトリア・ピッチリーロのジャケットは、比較的しっかりとした毛芯を使っており、しかもナポリのいくつかのサルトリアがやるように胸周りの芯地を省略したりすることはありません。

これは地縫いや芯地の据付けを全て手縫いで行なっていることで、十分に柔らかさは得られるとジャンニが考えているからです。そこで柔らかさが得られるのであれば、芯地は省略しないほうが胸周りに立体感が出るのですね。

結果として出来上がるジャンニのジャケットは、ナポリの他の一流サルトリアに比べても肩からチェストにかけてのボリューム感が特に美しいのですね。

肩周りはむしろ構築的に見えるほどのしっかりとしたラインです。しかし肩パッドは特別厚いわけではありません。アイロンワークの生み出す立体感が、肩に男らしい立体を生み出してくれるのです。

もともとジャンニ本人も、それほどがっちりとしてた体つきをしているわけではありません。そのため彼にとっては、いかに男らしさを美しく補うかというのが、ジャケットでは大事な部分なのですね。

肩線は後ろに逃げ、私の前肩にしっかりと造形を合わせてくれています。そうして前傾斜の円を描くアームホールに、ふんわりとわずかなギャザーを寄せて袖付けを行うのが、ジャンニの得意技です。ボリューム感がありながらも、柔らかい雰囲気もある。

通常のマニカ・マッピーナと呼ばれるものよりも控えめに見えますが、しかしそれがむしろ昔ながらのナポリらしい風情ある表情なのですね。

いつも彼は言います。

「このサルトリアでやっていることは、ずーっと前から変わっていないよ。今じゃ皆、効率よくミシンで縫うようになっているけどね。ここでは手でやるのさ」

ジャンニ・ピッチリーロが仕立てるジャケットは、フルハンドメイドの中でも究極のものです。見える部分、見えない部分はもちろんのこと、普通はミシンで縫って飾りステッチを入れるシームラインさえも全て手縫いだけで行うのです。

なぜこれほどのフルハンドメイドで仕立てられるか

サルトリア・ピッチリーロがあるのは、治安の悪いと有名なフォルチェッラのすぐ脇です。普通に日本人が一人で行くには、少々穏やかでない120%下町と言えるような地域なのですね。

ジャンニに「今日はヴォメロ地区に行くよ」と言うと、彼は「上の地区ね」と何の気もなしに言います。

本人は特に気にしていないようですが、私からすると非常に興味深い。

丘の上にあり、ちょっと裕福な人々が住むヴォメロ地区に対して、フォルチェッラとこの近辺の下町は色々な意味で「下の地区」と言えるようなところです。

住む人々も違えば文化や、生活のスタイルも違う。

ヴォメロに住むあるナポリ人の友人が言いました。

「下の地区」には「生活」しかない。

確かにそうなのです。そこにはカクテルと音楽のナイトクラブもなければ、素晴らしい景色のレストランもない。娯楽も名所のようなものも殆どありません。

しかし生活があるのです。

ジャンニ・ピッチリーロの生活は服を仕立てることです。彼は朝9時〜10時にサルトリアに降りてきては(その上の階に住んでいるので)、14時頃には簡単なパニーニを食べて、20時頃にまた15分ほどでご飯を済ませて、21時過ぎまで服を作っている。

そう、ジャンニがこのような生活をしているから、彼の仕立てる服はナポリでも屈指のフルハンドであり続けるのです。

もし彼がヴォメロに住み、夕方には景色のいいバルでアペリティーボを、夜はナイトクラブでカクテルをという人であったならば、ジャケットを総手縫いで仕立てる時間はなかったのですから。

この場所と、その生活が生み出したハンドメイド。

いつこのジャケットを着てそこを訪れても、ジャンニ・ピッチリーロは服を仕立てている。そんな安心感こそが、ジャンニの作るジャケットに私が妙な愛着を持ってしまう理由かもしれません。

【新ブランドご案内】Sartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカ – 美しき時代のナポリ、その色彩を纏う服

こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

ナポリ出張から帰国し店を再開するやいなや、既に何人ものお客様にご来店頂きました。

これは大変嬉しい限りなのですが、私のブログの執筆がゆっくりであるために、店内に威風堂々陳列されている見知らぬ(そしてまた一寸の反省さえ見えない、無難とはかけ離れた派手なチェック柄の)ジャケット達を見て皆さんに尋ねられるのです。

いったい、これは何のつもりなのかね?おっと違った、これはどこのサルトリアなのかね?」

そして私は答えるでしょう。

ナポリが私にそうさせたのです

後悔はしていません。もしこの美しいビンテージスタイルが皆さんに認められなかったら、私はナポリの夕日と共にまぶたを閉じましょう。世界が再び英国チェック柄の熱気を帯びた朝焼けに包まれるまで…。

Dilegua, o notte! Tramontate, stelle! All’alba vincerò…

消え去れ、おお夜よ!沈んでしまえ、星たちよ!夜明けに私は勝つだろう…。

– ジャコモ・プッチーニ『誰も寝てはならぬ』より

Sartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカ 美しき時代のナポリ、その色彩を纏う服

さて遅くなりましたが、今日は皆さんに当店で取り扱いを開始する新しいサルトリアを紹介いたしましょう。

Sartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカ。

18世紀〜19世紀前半、ナポリがパリやロンドンと並ぶ世界的な都市として栄華を誇り、グランドツアー熱狂の源であり、全ヨーロッパの旅の目的地であった時代。美しいネオ・クラシック様式の邸宅が立ち並び、高度な文化が花開いた時代。

その時代のナポリを統治したのがブルボン王朝(イタリア語読み、ボルボーネ)です。

ナポリでも特に貴族的で優雅な街、栄華を誇った時代の名残を持つメルジェリーナ地区にアトリエを構えるサルトリア・ボルボニカ。

現代にあってもなお世界を魅了するナポリ、その文化の原点とも言えるブルボン王朝時代の情景を、1960年代のビンテージスタイルを通して表現するサルトリアとして、4人の熟練したサルト達を中心にエレガントかつハイエンドな服を作り上げています。

18世紀末、英国文化に多大な影響を与えたナポリにはその後、20世紀に英国から世界一のエレガンスがもたらされました。

その歴史にインスピレーションを得たSartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカは、ナポリの老紳士たちが未だ愛する英国調のチェック柄をモチーフとし、優雅で古き良き時代を感じさせる色彩を大胆に取り入れています。

もちろん色彩だけでなく、そのクオリティもまたクラシックなもの。

例えばジャケットの縫製は袖付けや襟付けに始まり、飾りステッチやボタンホールまで数多くの部分を手縫いでこなしたハンドメイド仕立て。アイロンワークがジャケットに立体感をもたらし、メイドトゥメジャーでありながらビスポークと見紛うほどのシルエットです。

マニカ・マッピーナと呼ばれるナポリ仕立て特有の雨降らし袖や、裾まで切ったダーツは当然採用しています。

肩のシームはナポリらしく後ろへと逃げており、その仕上げは非常に洗練されています。また襟の後ろからラペルにかけてのカーブと立体感は真横から見れば一目瞭然です。丸みを帯びた胸の立体と、しっかりと立ち上がるラペル、そしてバルカポケットの調和は極めて芸術的です。

しかしあくまでクラシックな佇まいこそがエレガントだとするSartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカは、決してやりすぎることなく上品で端正なバランス感を持っています。しっかりと考えられた総毛芯や手縫いを主体とした縫製が、ただのアンコン仕立てでは生み出すことのできないメリハリの造形を作り上げているのですね。

あくまでハンドメイドの柔らかな着心地と温もりある雰囲気にこだわりながら、効率的な手法を取り入れることにより手の届きやすい価格からは考えられない高いクオリティを実現しています。

Sartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカのジャケットには、その雰囲気にふさわしいビンテージ感の漂うボタンが縫い付けられます。非常にハイクオリティなコルノ・ボタンはその色合いや光沢にうっとりとしてしまうほどです。もちろん色や素材は自由に選ぶことができます。

いかがでしょう。

先ほど「ナポリでも特に貴族的で優雅な街、栄華を誇った時代の名残を持つメルジェリーナ地区にアトリエを構えるサルトリア・ボルボニカ」とご紹介いたしましたが、この辺りは本当にエレガントな地域です。

私が寝泊まりする騒々しい繁華街や、ピッチリーロ兄弟がアトリエを構える駅周辺の下町とはまるで別の国のように感じます。

エレガントな人々だけが生活し、すぐそこにナポリ湾を望む。その時代ごとにナポリ文化のパトロンとなってきた高貴な人々が住む街なのです。実際にここを歩けばあまりに多くの紳士達がビスポークのナポリ仕立てジャケットを颯爽と着こなしていることに驚きを隠せないでしょう。

そして彼らが愛する英国的なエレガンスを、ナポリの歴史と古き良き時代の香りで包んで仕立て上げるSartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカのジャケットは、このような場所によく似合うジャケットなのです。

Sartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカのオーダー方法と値段

Sartoria Borbonica サルトリア・ボルボニカはプロフェソーレ・ランバルディ静岡にて日本独占販売、MTMとして展開致します。

現地ナポリ以外での展開は当店が世界で初めてとなります。

 

JACKET – ¥190,000(税込)
SUIT – ¥230,000(税込)

 

スーツではなくジャケット・トラウザーのセットアップでも、スーツと同等金額でオーダーが可能です。

ジャケットの場合、このサルトリアのために用意された対象の英国調ビンテージ生地(写真右がその一部)の中から選べば、通常着分2〜3万円の生地代が一万円均一となり、一律200,000円(税込)にてオーダーが可能です。

※生地の数には限りがございますので、お好みの色柄が売り切れてしまう場合がございます。

採寸はサイズゲージを使用して行います。MTMではありますがモデルやディテール等に制限はなく、ビスポーク同様の細かなオーダーが可能です。

納期は通常3ヶ月前後です。

ご質問やご相談・採寸のご予約はこちらから。

Sartoria Piccirillo サルトリア・ピッチリーロのジャケット 着こなしとディテール

こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今日は久しぶりに私のコーディネートを皆さんに紹介いたしましょう。

そもそもなぜ私は同じベージュのジャケットと、このブルーのトラウザーばかりを着用しているのか。それは本物を追求するあまりに、噂に聞く「儲け」という珍しい動物にすっかり逃げられてしまって、自分の新しい服を仕立てていないからなのです。

いや、実はサルトリア・ピッチリーロでもサルトリア・チャルディでも新しいジャケットを仕立てているのですが、なんとも自分のジャケットというのは後回しになってしまって、なかなか上がってこないのですね。

そういうことで代わり映えのしない着こなしですが、私が最も気に入っているコーディネートの一つを皆さんにご紹介いたしましょう。

サルトリア・ピッチリーロのジャケットに、同サルトリアのトラウザーを合わせ、カミチェリア・ピッチリーロのシャツを合わせた着こなし。ネクタイはランバルディ夫人に頂いた教授のおさがりで、数十年も前のビンテージ・マリネッラです。

このベージュのジャケットは何度もご紹介していますが、それだけに気に入っているのですね。

普通新しいサルトリアで作る1着目は失敗することや、完璧には至らないことが多いのですが、ジャンニ・ピッチリーロの仕立てたこの初めてのスーツ(ジャケット)はむしろ、私の思う「美しいジャケット」の定義を変えてくれるほどでした。

ボリューム感のあるショルダーから胸にかけてのライン、そしてドラマチックなウエストの絞り込み。実にエレガントなラペルの返りとゴージの納まり、全てが体を包み込んでくれます。

着ていても、まるで空気の層をもう一つ重ねたように感じるだけなのです。

背幅が広く前肩な私の体型はナポリのサルトリアでも、最初から的確なフィッティングを得られることは多くありません。しかしジャンニ・ピッチリーロは体の動きや、ジャケットが体のどこを支柱にするかさえ意識して、本当に適切なカッティングをしてくれました。

サルトリア・ピッチリーロのジャケットで特に美しいのは、間違いなくこのショルダーラインでしょう。昔ながらのナポリ仕立てを感じさせる、ほんの少しだけ構築感のあるショルダー。

今流行りのアンコン、ひたひたのナポリ風ではなく、薄い芯地を用いて実に丁寧に作り上げる立体的な肩こそが、伝統的なナポリ仕立ての特徴なのですね。

サルトリア・ピッチリーロのジャケットは肩の前方に頂点があり、そこに向けてシェイプしていく独特のアームホール形状をしています。そして上品な雨降らし袖が、実にエレガントな雰囲気です。

肩のシームラインは、肩の頂点を避けるように後ろへと走ります。これは着心地を良くし、肩後方のフィット感をより良いものにしています。

胸のボリューム感もまた、サルトリア・ピッチリーロのジャケットの特徴です。

比較的余裕を持ったチェストのフィッティングですが、サルトリア・ソリートやコスタンティーノなど、いくつかのサルトリアのように縦にドレープができるほどではありません。もちろんこの辺りは好みによるものです。

少し張りのある芯地を使っていることで、このような丸みを帯びた自然な立体感になっているのかもしれません。

この立体感と着心地の柔らかさ、異なる二つを同時に実現できるのは「手作業」しかありません。

ほんのわずかに広めの肩幅、独特のアームホール、そしてチェストの立体感。

そこからウエストに流れるドラマチックなシルエットが、病みつきになります。このジャケットはあえてフロントダーツを裾まで切らなかったので、やや下が膨らむようなシルエットとなっています。

これはナポリだからどう、というようなものではなく好みの問題です。個人的には気分で選んで良いものだと思います。

どうでしょう。前回の過酷すぎるナポリ出張のおかげで、ウエスト周りがしっかりと収まるようになりましたよ。(ところでいつもナポリに行って、6kg痩せて帰ってくるのはどうしてでしょうか。)

もちろんバックスタイルの美しさも、群を抜いています。

ちなみにサルトリア・ピッチリーロのジャケットはナポリでも珍しく、シーム一つにもミシンを使っていません。普通フルハンドメイドと言われるものでもシームラインはミシンで縫って、飾りのステッチをすることがほとんどです。

しかしサルトリア・ピッチリーロでは、その点でも着心地を柔らかくするために手縫いで行なっている。皆さんに見えているのは飾りではなく、本物の縫い目としてのハンドステッチなのです。

そして喜ばしいことに、これはビスポークでもMTMでも、果ては既製服でもサルトリア・ピッチリーロのタグがつく限りは絶対に変わらないことなのです。

皆さんも是非、サルトリア・ピッチリーロのMTMをお試しくださいね。

Sartoria Piccirillo サルトリア・ピッチリーロ – 伝統の総手縫いナポリ仕立てを体感する究極のMTM

「Forbici D’oro(金のはさみ賞)? ああ、そういえば取ったことあるよ。何年だったかな」

ある日、ジャンニ・ピッチリーロの息子が『Forbici D’oro 金のはさみ賞』のジュニア部門で銀賞を取ったとサルトリアが賑わっていた。そこで私はふと、ジャンニも取ったことあるの?と聞いてみたのだった。

するとジャンニ・ピッチリーロはうーんと唸りながら、壁にかかった自分の賞状を眺めて言った。

「1994年だってさ」

それから私は試しに、彼が何歳から仕立てを初めて、どこで習ったのかを聞いてみた。それはジャンニ・ピッチリーロと出会ってから1年近く経ってからだった。

なぜなら彼の仕立てはずば抜けて美しく、どんな賞も経歴も、彼の素晴らしい服の前には無意味に思えたからである。

そしてジャンニ・ピッチリーロ本人も、自分の過去など語ろうとはしない。彼にとってはより美しい服を仕立てることが人生であり、それ以外は興味がないからである。

ときどき冗談を言って笑ながら、来る日も来る日も服を仕立て続けている。

もう半世紀以上も前から伝承されてきたハンドワークや、彼の生粋の職人らしい生活は時が経ても変わることはない。

しかし一つだけ、10年後には皆が彼をマエストロと呼ぶようになっているだろう。

こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今日は私が個人的に愛してやまないサルトリアを皆さんにご紹介できるということで、実に嬉しい気持ちでいるのです。

どのくらい嬉しいかって、それはもう、長くうっとうしい土曜日の夜が明け、窓の外から市場や早朝の散歩をする人々の声が聞こえ始め、一晩中待っていた遠くからの手紙が戸の下にすっと差し込まれたときのように嬉しいのですな。

え、わかりにくいとは!

既読スルーされていた友達のLINEが三日ぶりに返ってきたときのことを思い浮かべていただければ良いでしょう。

Sartoria Piccirillo サルトリア・ピッチリーロ

あまりにも気に入りすぎてすっかり着込んでしまいましたが、こちらがジャンニ・ピッチリーロに仕立ててもらった初めてのスーツ。シルエットは美しく堂々としており、肩から胸周りにかけてのボリューム感にはナポリの古典的な空気を纏います。

すでに一年前には出会っていたこのサルトリアですが、実はもともと当店で取り扱う予定などはありませんでした。というのも月産数があまりにも限られていますし、今時珍しい古風なサルトリアならではの仕立てを守りたかったからです。

しかしこのサルトリアとジャンニ・ピッチリーロが仕立てた服への私の思い入れは、どうも伝わってしまうものなのですね。

あるお客様が試験的に仕立ててみたい、と言ってくださったのをきっかけに、数人のお客様がまだオーダー方法さえ確率していないサルトリア・ピッチリーロのスーツを注文してくださったのですね。

そこで私はこのサルトリア、いやジャンニ・ピッチリーロが仕立てるスーツを当店の商品として取り扱うことを決心しました。

果たしてサイズゲージを使用して仮縫いを省略するMTMシステムにすることで、これほどまでに手間のかかったスーツを、できるだけ抑えた価格で展開することができました。もちろん当店限定の独占契約です。

月間の受注数は5着限定という大変限られたものですが、ナポリ現地の洒落者に愛されるこの小さなサルトリアに日本からオーダーできるようになるのは、我ながら本当に感動的なのです。

私の生きがいは、有名サルトリアや新しいブランドを誰よりも先に日本に持ち込んで「凄腕バイヤー」や「名店」などと呼ばれることではありません。

自分の店にてお客様がオーダーしてくださった服を、ナポリで職人がひと針ずつ仕立てている風景をおしゃべりをしながら見ていることなのです。

そしてこのナポリ旧市街の一角、家族や親戚に囲まれて服を仕立てるジャンニ・ピッチリーロの工房で、その光景を見られるようになることが嬉しくてたまらないのです。

仕立て台の上に立って、買った服の裾上げをしてもらう近所の子供。弟のマウリツィオは面倒見がよく、お人好しだ。

サルトリア・ピッチリーロは私が今まで見た中で最も、現地の人々の生活に馴染んだサルトリアです。私は現地のオーダーだけで十分回っている地元密着のサルトリアが日本の洋服店のために服を仕立ててくれるというのは、なかなか貴重なことだと思います。

フルハンドメイドで、ナポリの伝統を継ぐMTM

サルトリア・ピッチリーロの服は、今では他のサルトリアでは見られないほど手間のかかったフルハンドメイドです。

よくフルハンドメイドというと何か特別なものを想像してしまいますが、なあに、何の芸もありません。

ジャンニを弟のマウリツィオと二人の若い縫い手であるフランチェスコとチーロが手伝って、朝から晩までコツコツと全部手で縫っているだけのことなのですね。

しかしこの光景は今、ナポリでもそうそう見られるものではありません。

ナポリではフルハンドメイドと言っても芯地の据付けや上襟のハ刺しなど、見えない部分はミシンでこなしたり、すでに出来上がっているものを買って使ったりすることが少なくありません。

老舗サルトリアと言われるところでも、そのようなことは普通なのです。ですからフルハンドメイドと言いながら、中を開けてみればミシン縫いでいっぱいということは少なくありません。

それにも関わらず、サルトリア・ピッチリーロでは文字通り全部を手縫いでこなしている。

芯地の据え付け、上襟のハ刺し、縫い合わせ、仮縫いのためのしつけ糸に至るまで。

もちろん一部ポケットの口など力のかかる部分にはミシンを使いますが、それ以外の95%の工程を全て手縫いでこなしているのです。(もしこれ以上を手縫いでこなすとしたら、それはむしろパフォーマンスと言えるでしょう)

あるときサルトリアでカフェを飲みながら雑談をしていると、80歳にもなるおばあさんが「ちょっと荷物を置かせて」と入ってきた。
それからジャンニが仕立てる姿を見て、「なんてこと!私がお針子をしてた10歳の頃と、同じ仕立て方よ」と驚いたのだった。

昔は誰もが同じように仕立てていた、とジャンニ・ピッチリーロは言います。しかし合理的にして手間を減らし、そのうえ生産数を増やしてコストダウンするためにナポリのサルトリアでも手作業をしなくなるところが非常に多くなってしまったと。

しかしジャンニ・ピッチリーロはまるで他人事かのようにその話をするのです。

「どうして未だに手でやるんだい?」

と聞くと、彼は一言簡単に答えるのです。

「ミシンでやると着心地が固くなるだろう」

それだけの理由で、彼らはひたすら手作業を続けているのですね。

私は彼にMTMはできるか、と尋ねました。

すると彼はこう答えたのです。

「できるよ。やることはビスポークと何も変わらないからね」

そしてこのMTMが実現したのです。

今回プロフェソーレ・ランバルディ静岡では、これほどまでに手間のかかったハンドメイドスーツでありながら、MTM(サイズゲージを使用した採寸)とすることで、手の届く値段を実現いたしました。

ビスポークからたったの一針分も省略せず、本物のハンドワークが生み出すビスポークと同等の品質にて仕立てます。

月間5着のみの受注で、予約が埋まり次第その月のオーダーは締め切りとさせていただきます。

10年後には誰もがマエストロと呼ぶであろうジャンニ・ピッチリーロのスーツを、今一緒に仕立ててみませんか?

JACKET – ¥299,000(税込)
SUIT – ¥349,000(税込)
TROUSER – ¥78,000(税込)
WAISTCOAT – ¥78,000(税込)
サイズゲージを使用したMTMスーツ

#納期 約3ヶ月
#フルハンドメイド
#専用ガーメントケース付き

ご来店予約・お問い合わせはこちらから。
当店ではHolland & Sherry等バンチ他、多数のビンテージ生地をストックしております。

当店が『ナポリ製』の『ナポリ仕立て』にこだわる理由

こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今日はとても気持ちの良い日和で、先日到着したリネンスーツを早速着用しております。

230g/mのアイリッシュリネンで仕立てたものですが、大変目の詰まったしっかりとした生地で遠慮なく着ることができるのが嬉しいところですね。

仕立てはルイジ・グリマルディ、手縫いのボタンホールでお願いしたものです。

さて、最近は色々なお客様にお越しいただいて、このようなことを聞かれます。

「どうしてナポリのものにこだわるのですか?日本人でも、現地で修行した良い職人さんがたくさんいますよね」

「ナポリの雰囲気をそのままに、日本製のセレクトショップ・オリジナルみたいなのはやらないんですか?」

といったことです。

確かに「ナポリ仕立て」をそのままに、あの「ナポリ人」たちと取引をしなくて済むようになるなら、どれだけ楽なことかと、この商売をすれば誰もが考えるでしょう。

しかし当店はあくまでナポリで作られるアイテムにこだわっております。

もちろん今後ソレントやサレルノ、もしかしたらシチリアやローマなどのアイテムも少しずつ入ってくるかもしれません。

それでもこのプロフェソーレ・ランバルディ静岡という店では、現地の人が仕立てるもの、作るものを取り扱うつもりでいます。

それはどうしてなのか、少し書いていこうかと思います。

ナポリ以外にも良いスーツはたくさんある

これは私の本音ですが、ナポリ以外にも素晴らしいスーツは山ほど存在していると思います。

たとえばサヴィル・ロウのスーツも是非仕立ててみたいと思いますし、ミラノのN.H.サルトリアやティンダロ・デ・ルカのスーツも機会があればぜひ体験してみたいところです。

ローマにはジョバンニ・チェレンターノやガエターノ・アロイジオといった素晴らしいサルト達がおり、フィレンツェにもリベラーノ&リベラーノを始めとした素晴らしいサルトリア が継承するフィレンツェ仕立てがあります。

また国内に目を向ければ、最近話題の東徳行さんが独立して開業したサルトリア ・ラファニエッロや小野雄介さんのアングロフィロ、そして上木規至さんのサルトリア ・チッチオなど、ナポリで修行された仕立て職人が大活躍されています。

トラウザーでは五十嵐トラウザーズ、そして尾作隼人さんの作品など惚れ惚れするほど美しいですね。

ちなみに先日ビンテージ生地をお求めでお越しくださったお客様はサルトリア ・イプシロンにて仕立てられたジャケットを着ていらっしゃいました。

これがあまりにも美しく、私はお客様と職人さんがとても良い関係を築かれているのだなあ、と妙に感動してしまったものです。

正直なところ、現在ではナポリのサルトリア の間でもクオリティの差がかなり目立っています。できるだけ手間をかけずに大量生産をしようとするところ、つまり「いかにして売るか」ばかりを考えているところもあれば、本当にいい服を作ることしか考えていないところもある。

今は空前のビスポークブームということもあって、ビスポークやハイエンドな既製服を扱うお店も増えていくことかと思います。

ですがもし新しくお店ができるなら、ナポリのものを闇雲に扱うのではなく、むしろ国内の素晴らしい職人さんたちとコラボレーションするようなお店ができて行くと良いなあとひとり空想しています。

ナポリの服にこだわる理由

そんなことを考えながらも、私があくまでナポリの服を扱おうとする理由は、プロフェソーレ・ランバルディ静岡が単なるセレクトショップではなく、ナポリの文化を伝える場所であってほしいと願うからです。

ナポリの服だからといって、他よりも優れているということはありません。

もちろんナポリは非常に多くのサルトリアがひしめき合う場所であり、そのおかげでレベルの高い職人技が継承され、育っているのは間違いありません。

しかし最終的に服のクオリティは、仕立てる人の向上心と真摯な向き合い方でしかないのですから。

ですがナポリの空気感は、ナポリにしかありません。

ギリシア人が入植して以来、いやそれよりも前から様々な人種や民族すなわち文化が交錯してきたナポリには、他とはまた違った空気があります。

そしてプロフェソーレ・ランバルディ静岡は「その空気をできるだけフレッシュなまま日本に持ってくること」を第一に考えながら、バイイングをしています。

ですから既製服を取り扱うのであれば、ナポリで職人たちが縫っているのを想像できるようなスーツを取り扱いたいのですね。

また例えばジャンニ・ピッチリーロのスーツなどは、私と同い年やもっと若い職人たちが仕立てを手伝っており、その結果、いささか完璧はいえないステッチになってしまうことも少なくありません。

しかしだからといって「熟練した職人に縫わせてくれ」と言ったら、若い職人たちはいつまでたっても成長していかない。ナポリの文化を応援する意味でも、そのままオーダーをしています。

ナポリは、ナポリ

歴史と文化、生活と自然、職人と洒落者たち。

ありとあらゆるものがごちゃまぜで、ナポリの魅力に取り憑かれた権力者たちが作り上げた、荘厳で美しい街並みの中に生きている。

ナポリはナポリ、常にそのルールに従って生きており、自分の思うようにいかないことは驚くほど多いが、さして気にしていない。その代わりに生活の一瞬一瞬には決して妥協しない。

ヴェスビオ火山や地中海といった大自然を常に目にしながら生活している彼らは、ある意味人生の儚さを知っているように見えます。

そしてその象徴とも言えるのが、職人たちです。

人生そのものをかけてスーツを仕立て、50年、60年と続けた後のわずかな期間が黄金期と言われる。

そんなナポリ仕立ての文化をできるだけ近くに感じてみたいという方は、ぜひ当店にお越しいただければ幸いです。

ナポリ仕立て、サルトリア・ナポレターナの巡り方

ナポリの服として、私たちが最初に出会うのはやはりアットリーニやキートン等が多いのではないでしょうか。

私もまた初めて着たナポリの服は、アットリーニだったのです。

しかしあるとき、ナポリにはサルトリアの奥深い文化があり、そこには星の数ほどの職人たちと、名高い工房、そしてそれを愛する幾千もの洒落者たちがいることを知りました。

そして私たちは、ナポリ仕立ての世界へとはまっていってしまうのです。

しかしナポリのサルトリアは個々に紹介されてばかりなので、一体どんな風に存在するのか、想像がつきにくいのではないのでしょうか。

そこで今回は皆さんに、ちょっとしたナポリ旅行をしていただくと致しましょう。

中央駅からトレド通り

ナポリについたらまずは、中央駅から出ずにメトロでトレド駅へと向かいましょう。この駅は繁華街の中心に出ることができる、便利な駅です。

降りてすぐにあるのが、サルトリア・ソリートです。イメージで言うと、新宿三丁目のビルにテナントが入っているという具合で、かなり一等地です。

今サルトリア・ソリートは大変な人気のようですね。ややコンパクトなサイズ感で合わせるジェンナーロ・ソリートのフィッティングと軽快さを追求した仕立てには、彼自身の確固たる意思を感じられます。

サルトリア・ソリートは彼自身が大変にクラシックな着こなしを好むこともあり、ネイビーやグレーのスーツをオーダーしたくなりますね。

他にもトレド通りには当店取扱いのルイジ・グリマルディもあります。

また有名なスパッカ・ナポリという通りにはこのトレド通りの北の方から入ります。もちろんニコラ・ラダーノのネクタイブランドであるスパッカ・ネアポリスはここから名付けられています。

ちなみにこのスパッカ・ナポリを抜けた先のかなり騒々しく庶民的な地域に、サルトリア・ピッチリーロがあります。

サルトリア・ピッチリーロがあるのはフォルネッラという現地の人でも用事がなければ行かないような治安の悪い地区の近くですが、その分昔ながらの猥雑としたナポリを垣間見ることができますね。

昔、区画整理がされてトレド通りやウンベルト1世通り、ムニチピオ広場等が作られる前のナポリは、ラッザローネといういわば失業者がたむろする乱雑な街でした。

トレド通り付近はもはや綺麗になってその面影もありませんが、駅からドゥオモ通りまでの地域には、まだその名残が残っています。(その分、マフィアの本拠地だったり、移民がたむろしていたりと治安は悪いのでご注意ください)

このような場所を見ると、サルトリア・ピッチリーロの古臭いナポリの伝統工芸な雰囲気が理解できるような気がします。

ここから南に下るとウンベルト1世通りがあり、この辺りにはサルトリア・ヴォルペや生地商カチョッポリがあります。

さて、トレド通りに戻りましょう。このトレド通りを下り、老舗バルのガンブリヌスで一杯のエスプレッソを飲んだら、その横が名高いキアイア通りです。

キアイア地区

この通りにはサルトリア・ドメニコ・ピロッツィと、サルトリア・カリエンド、そして突き当たりにはロンドンハウスがあります。写真はロンドンハウスの店舗内です。

サルトリア・カリエンドは現地では高級店として有名で、その仕立ては素晴らしいものです。

私も一度実物を見せて頂いたことがありますが、昔ながらのナポリ仕立てらしい雰囲気と、手仕事の良さが感じられるジャケットでした。

ロンドンハウスは現在ルビナッチとして既製服も売っていますが、これはビスポークとは全く異なる仕立てですので、あまりおすすめできるものではありません。むしろスカーフやネクタイ等が洒落ていて良いですね。

キアイア通りを抜けたあたりはキアイア地区と呼ばれ、サルトリア・フォルモサやアットリーニの本店、その横アルジェニオなどがあります。ちなみにアットリーニ本店の近くには昔、ランバルディ教授が通っていたウーゴ・マッサのサルトリアもありました。

サルトリア・フォルモサのスーツは力強さと独特のバランス感が魅力です。なんとなく丸みを帯びているにも関わらず、ボリューム感があり堂々とした雰囲気。仕事も丁寧で、日本以外でも人気と聞いています。

少し進むと、サルトリア・チャルディとサルトリア・パニコがあります。この二軒はナポリの数あるサルトリアの中でも特に有名ですが、レナートとアントニオは友人だったとのこと。他のサルトリアを認めることが少ないナポリでは珍しいですね。

アメデオ駅のすぐ近くにはサルトリア・ペルーゾがあります。そのまま南に下って海沿いに出れば、ナポリの老舗として有名なチレントを見つけられるでしょう。

メルジェリーナ地区

キアイア地区をさらに西へ進むと、ランバルディ教授の家も超えて、メルジェリーナ地区になります。メルジェリーナ駅あたりは少し庶民的な雰囲気ですが、海に向かって進んで行くと高級住宅街になります。この辺りにサルトリア・ピロッツィとアンナ・マトッツォがあります。

アンナ・マトッツォについてはナポリでも有名なカミチェリアですが、その値段を聞くと誰もが驚くようです。アトリエにはカルロリーバをはじめとした最高級生地が並んでいます。

海沿いにはサルトリア・ダルクオーレがあります。ちなみに上の海岸沿いの写真はサルトリア・ダルクオーレのアトリエ前です。

サルトリア・ダルクオーレは以前サルトリア・ピッチリーロのすぐ近くにありましたが、脱税問題で一度アトリエを移動したと言われています。

サルトリア・ダルクオーレは現在でこそ別工房で仕立てる既製服なども扱うようになりましたが、以前は現地の洒落者に愛される小さなサルトリアでした。

やはりルイジ・ダルクオーレ本人の芸術的なカットは唯一無二で、彼の本物の作品を求めてナポリのアトリエを直接訪れる人も少なくありません。

 

さてナポリのサルトリア紀行、今回はこのくらいにしておきましょう。

もう、7時間時差のナポリでも日が沈み始める頃ですから…。

本場イタリア風の着こなしとは?

本場イタリア風の着こなしとは何か、人に聞かれることがあります。

私もまた、以前ライターの仕事をしていたときには、そのようなことについて常に思考を巡らせていたものです。

しかしこの偏屈なイタリアの洋服店を始めて約1年、幾度となくナポリに通って私は初めて、「本場イタリア風とは何か」ということに気が付いた。

今日は皆さんにそのお話を致しましょう。

本場イタリアとはどんなところなのか

イタリアに憧れている日々というのは、いわば恋もしたことがない女の子が結婚について思いを馳せているようなものです。

確かにイタリアは美しいし、エレガントな紳士も多い。しかしその実態は、必ずしもイメージした通りではありません。

本場イタリアとはどんなものなのか?

それを皆さんにご紹介するために、ある文章を紹介いたしましょう。

21世紀を生きたある洋服店のしがない店主が、過酷なイタリアでの買い付け中に、その気持ちを(エスプレッソのレシートの裏に)書き記したと言われている文章です。

神はイタリアに全てを与えた。栄光の歴史と美しい風土、荘厳な建築にありとあらゆる芸術。そしてナポリ仕立てのような優れた文化を。

しかし神はその他の国々に対して、決して不平等ではなかった。

なぜなら神はイタリアに全ての優れたものをもたらしたついでに、「イタリア人」を作るのを忘れなかったからである…。

もし北イタリア人がドイツ人と同じ気質であったなら、アルファロメオに乗ろうとするとドアノブが取れるという事態は起こらなかったはずだ。

しかしこれに対して南イタリア人は思うだろう。

「なんて高度な防犯システムだ」

これこそが、イタリア人である。

もしイタリア人が日本人と同じ性格であったとしたら、地下2Fと地下1Fを無限に行き来するエレベーターを地下3Fで永遠に待ち続けるような災難は起こらなかっただろう。

もちろんATMでクレジットカードが吸い込まれたままそのまま消えたり、電車がMIDDLE OF NOWHERE(荒廃した田舎)でなんのアナウンスもなく1時間半止まったり、6年かけて作った地下鉄のトンネルの企画が小さすぎて電車が通れなかったりすることもなかっただろう。

このような秩序なき社会システムの中では、あまりにも不合理なことや、不条理なことが常に起きている。

そしてそんなイタリアに住む彼らが手に入れたもの。

それが「大雑把に物事を処理する」という独自の手法である。

ざっくりとした処理をして、問題が起きたらそのときになんとかする。細かいことは気にしないし、お互いが迷惑を掛け合うので、細かいことは指摘しない。

自分に優しく、そしていずれ自分のせいで迷惑をかけるかもしれない他人にも優しく。

それが彼らの理念である。

また彼らが自分を守るためにもう一つ、世界でも屈指の便利さを誇る理念を持っていることを見逃してはならない。

それは「自分の考えが一番正しいし、人がそれについてどう思っているかは基本的にはどうでもいい」という理念である。

イタリアではほぼ全員がこのように考えていることにより、それぞれが火花を散らしあい、それが素晴らしい芸術やレベルの高い文化を生んでいるとも言える。

彼らは全員がミケランジェロなのである。

本場イタリアの着こなしをする上で大事なこと

本場イタリア風の着こなしを雑誌やスナップで研究しているのに、なんとなくかっこよくならない。

そんな風に悩んでいる方も多いことでしょう。

上で紹介した通り、結局彼らの着こなしの大前提にあるのは、「細かいことは気にしない」という性質、そして「自分が一番正しい」という自信です。

そして日本人の性格は残念ながらその対極にあることが多い。

それなのに彼らの着こなしを細々と真似するものだから、なんとなく画竜点睛に欠くというか、筋の通らない着こなしになりがちなのですね。

一番大事なのは、彼らの考え方と理念を理解することなのです。

まず、細かいことを気にしすぎてはいけません。

例えば自分のコーディネートをインスタグラムで投稿するときに、「よく見たら色が合っていませんでした😭」と書いてはいけないのです。我こそが世界一だと思いながら、投稿ボタンを押す必要があります。

また、自分が本当に気に入ったものでなければ着こなしに取り入れてはいけません。

彼らイタリア人は例え20年来の親友であっても、テイストが違えば「それはダサい」と平気で言うものです。

とにかく周りを褒めてしまう日本とは異なる文化ですが、イタリアに限らずヨーロッパ諸国では気に入らないものには明確にNOと言います。

しかしそれは相手を否定しているのではなく、あくまでそのテイストについて自分の意見を示しているだけなのですから、問題ないのです。(ただしその際には「自分はそれよりもこれが好きだ」という自分の意思を持っている必要があります)

これこそが本場イタリア風の着こなしをするときに一番大切なこと、大前提ですね。

本場イタリア風の着こなし方

では本場イタリア風の着こなしをどのようにすれば良いのか。

私がナポリで見る限り、彼らの中でオシャレな人々の着こなしはこういう成り立ちです。

自分の仲の良いサルトリアで仕立てたジャケットやスーツを、何年か前のちょっとお財布が温かかったときにまとめて作ったシャツに合わせて着ている。

ネクタイは自分の好きな柄で、ブランドはこだわらない。靴はどこかで買った英国製の4〜5万円のブラウンの紐履で、靴下は駅前の青空市で2ユーロで買ったコットン100%のもの。

ジャケットを作ったときからお腹が出てしまってウエストは閉まらないが、肩は痩せてきてちょっと余っている。トラウザーには近所のピッツェリアでマリナーラを頬張ったときに跳ねたソースでシミができている。

こんなものですね。

大事なのは体型が変わってしまうにしろ、一度はジャストサイズで仕立てたビスポークの服を着ること。どんなにカジュアルな真っ青なリネンのジャケットでも、紺のブレザーでも、彼らはいつもビスポークの服を着ています。

しかし細かいことを気にしてはいけません。ちょっとウエストがきつくても、まあ良いでしょう。人は完璧ではありませんし、それが愛嬌にもなります。

着こなしは生活に馴染むものが良い。彼らはトレンドもファッションの基礎も全く気にしていませんが、自分の外見とライフスタイルにどんな色や生地が似合うかは常に意識しています。

そしてこれこそが、彼らをオシャレに見せている最も大きな要因です。

それは「この色にはこの色!」とか「今年は〜に注目」という考え方では手に入らない、ビスポークがライフスタイルに溶け込んだ本物のエレガンスなのです。

既製服をナポリ仕立てと呼べるのか?

こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。

今日は珍しくこんな時間から記事を書いており、不思議に思いましたね。

「きっと今起きたのだろう、ちょうどイタリアも朝になった頃だし」などと勘ぐってはいけません。

私は朝からこれまでずっと、驚くべき集中力で作業をしていたのです。店のありとあらゆる壁を額縁でぴったり埋めていくという作業を…。

そんなことをしているうちにルイジ・グリマルディのご予約も何件か頂きました。

本当にありがたいことです。

さて、そのルイジ・グリマルディについて、時々こんなことを聞かれることがあります。

すなわち「既製服をナポリ仕立てと呼べるのか」ということです。

今回はそれについて、少し書いていこうと思います。

そもそもナポリ仕立てとは何か?

時間を掛けて一着ずつ確実に裁断を行う、サルトリア・カラッチオーロのカッター。

さて、ナポリ仕立てとはそもそも何なのか。

これは以前もブログに書いたことですが、しかし大切で本質的なことですので、再度考えていくことといたしましょう。

一般的には「ナポリ仕立て」は、ナポリ風の仕立て方や、ナポリで作られたスーツ全般を指して使われることが多いです。

しかし前者の場合にはアンコンでマニカ・カミーチャ、裾まで切った前ダーツの全てのスーツをナポリ仕立てと呼び、後者の場合には€100のマシンメイドスーツから、サルトリアのビスポークまで全てナポリ仕立てということになってしまう。

本当のナポリ仕立ては、やはりそうではないでしょう。

ナポリには仕立てとは、ナポリの文化です。

ナポリに何百、何千も存在する職人たちがそれぞれの師匠に学び、独自に工夫し、時には違いに影響しあって生まれたナポリ特有の仕立て方と、そこに携わる人々が生み出す文化。それこそがナポリ仕立てなのです。

ナポリには全くギャザーの寄らない袖付けのスーツも数多く存在しますし、ゴージが低いものに高いものもあります。決してダブルステッチを用いないサルトリアもあれば、フォーマルウェア以外は必ずダブルステッチにするサルトリアもある。

しかもナポリの顧客にもそれぞれの思うエレガンスがあり、それが複雑に作用しあって一着の服が出来上がる。

仮縫いを行うジャンニ・ピッチリーロ。

これらを全てひっくるめて出来上がったものを、ナポリ仕立てと呼ぶのです。

また皆さんを混乱させるような喩え話を致しましょう。

日本人の「祭り」を、イタリアで開催したとします。出店や飾り付けも忠実に再現すれば、それは物珍しく、人気を博してイタリア各地で開催されるかもしれません。

しかし思い出してみましょう。

自分の地元の神社で開催されるあの小さな夏祭り、その地域一帯が何となくそわそわと落ち着かない雰囲気になり、青っぽい夕闇に浮かぶ提灯を見て耐えきれず走り出してしまうような祭り。

あの「祭り」とそれは、全く同じではないはずです。何が違うのかを明確に示すのは難しい。しかしローマのスペイン広場で開催される「Matsuri Festa」と本物の祭り、その空気感の違いは伝わるのではないでしょうか。

ナポリ仕立てもまた同じです。

いくら仕立て方を真似たり、そのディテールを取りいれたり、またメイド・イン・ナポリの事実を作り上げたりしても、そこに「ああ、これこそナポリ仕立てだ」と感じるような文化性と空気をまとっていなければ、それはナポリ仕立てではないのです。

既製服をナポリ仕立てと呼べるのか?

ルイジ・グリマルディとそのスタッフ。いつも家族のように仲良く仕事をしている。

ではサルトリアでビスポークしたわけではない既製服をナポリ仕立てと呼ぶことができるのか。

これについては、物によると言わざるを得ないでしょう。

例えばナイロンやポリエステルを10%でも混じった生地を使ったナポリ製のジャケットが、ナポリ仕立てと呼べるでしょうか。私は呼べないと思うのです。

ナポリのサルトリアに行ってポリエステル混の生地を選んでビスポークする人がいるでしょうか?少なくとも現地のサルトリアに親しく付き合っているナポリのウェルドレッサーたちは普通選ばないでしょう。

その点に、ナポリ仕立てと呼べるかどうかのヒントがあるのです。

私がルイジ・グリマルディをナポリ仕立てと呼ぶ理由の一つは、彼らがまさに現地サルトリアで選ばれているような生地を使用して、既製服を使用しているからです。

また既製服ではセミハンドメイドのものも、ナポリ仕立てと呼ばれている場合があります。まさにルイジ・グリマルディもその通りです。

ここで大切なのは、ナポリ仕立ての文化の担い手である本物のナポリの職人たちが服を仕立てているかどうか、ということです。

ルイジ・グリマルディは本当に高い技術を持った職人たちが一着一着縫い上げています。だからこそ、その工程がセミハンドメイドだとしても、素晴らしいクオリティの服に仕上がるのです。

ナポリの工房にも、水準の違いがあります。スタッフのほとんどがバイトのおばちゃんということもあれば、ルイジ・グリマルディのようにサルトリアでも通用する技術を持った職人が集まって既製服を作っているということもある。

そこはナポリの服がお好きな皆さんなら、きっと仕上がりを見れば感じられるはずです。

既製服をナポリ仕立てと呼べるのか。

当店で扱う既製服については、「間違いなくナポリ仕立てだ」と言いきってしまいましょう。

あの服たちはナポリの文化と空気、素晴らしいクラフトマンシップを背負ってやってくる。

もちろん彼らは数々の仕様ミスや、あるときには別の色柄を背負ってやってくるのですから、これをナポリ仕立てと呼ばずして、何と呼びましょう…。