「Forbici D’oro(金のはさみ賞)? ああ、そういえば取ったことあるよ。何年だったかな」
ある日、ジャンニ・ピッチリーロの息子が『Forbici D’oro 金のはさみ賞』のジュニア部門で銀賞を取ったとサルトリアが賑わっていた。そこで私はふと、ジャンニも取ったことあるの?と聞いてみたのだった。
するとジャンニ・ピッチリーロはうーんと唸りながら、壁にかかった自分の賞状を眺めて言った。
「1994年だってさ」
それから私は試しに、彼が何歳から仕立てを初めて、どこで習ったのかを聞いてみた。それはジャンニ・ピッチリーロと出会ってから1年近く経ってからだった。
なぜなら彼の仕立てはずば抜けて美しく、どんな賞も経歴も、彼の素晴らしい服の前には無意味に思えたからである。
そしてジャンニ・ピッチリーロ本人も、自分の過去など語ろうとはしない。彼にとってはより美しい服を仕立てることが人生であり、それ以外は興味がないからである。
ときどき冗談を言って笑ながら、来る日も来る日も服を仕立て続けている。
もう半世紀以上も前から伝承されてきたハンドワークや、彼の生粋の職人らしい生活は時が経ても変わることはない。
しかし一つだけ、10年後には皆が彼をマエストロと呼ぶようになっているだろう。
こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。
今日は私が個人的に愛してやまないサルトリアを皆さんにご紹介できるということで、実に嬉しい気持ちでいるのです。
どのくらい嬉しいかって、それはもう、長くうっとうしい土曜日の夜が明け、窓の外から市場や早朝の散歩をする人々の声が聞こえ始め、一晩中待っていた遠くからの手紙が戸の下にすっと差し込まれたときのように嬉しいのですな。
え、わかりにくいとは!
既読スルーされていた友達のLINEが三日ぶりに返ってきたときのことを思い浮かべていただければ良いでしょう。
Sartoria Piccirillo サルトリア・ピッチリーロ
すでに一年前には出会っていたこのサルトリアですが、実はもともと当店で取り扱う予定などはありませんでした。というのも月産数があまりにも限られていますし、今時珍しい古風なサルトリアならではの仕立てを守りたかったからです。
しかしこのサルトリアとジャンニ・ピッチリーロが仕立てた服への私の思い入れは、どうも伝わってしまうものなのですね。
あるお客様が試験的に仕立ててみたい、と言ってくださったのをきっかけに、数人のお客様がまだオーダー方法さえ確率していないサルトリア・ピッチリーロのスーツを注文してくださったのですね。
そこで私はこのサルトリア、いやジャンニ・ピッチリーロが仕立てるスーツを当店の商品として取り扱うことを決心しました。
果たしてサイズゲージを使用して仮縫いを省略するMTMシステムにすることで、これほどまでに手間のかかったスーツを、できるだけ抑えた価格で展開することができました。もちろん当店限定の独占契約です。
月間の受注数は5着限定という大変限られたものですが、ナポリ現地の洒落者に愛されるこの小さなサルトリアに日本からオーダーできるようになるのは、我ながら本当に感動的なのです。
私の生きがいは、有名サルトリアや新しいブランドを誰よりも先に日本に持ち込んで「凄腕バイヤー」や「名店」などと呼ばれることではありません。
自分の店にてお客様がオーダーしてくださった服を、ナポリで職人がひと針ずつ仕立てている風景をおしゃべりをしながら見ていることなのです。
そしてこのナポリ旧市街の一角、家族や親戚に囲まれて服を仕立てるジャンニ・ピッチリーロの工房で、その光景を見られるようになることが嬉しくてたまらないのです。
サルトリア・ピッチリーロは私が今まで見た中で最も、現地の人々の生活に馴染んだサルトリアです。私は現地のオーダーだけで十分回っている地元密着のサルトリアが日本の洋服店のために服を仕立ててくれるというのは、なかなか貴重なことだと思います。
フルハンドメイドで、ナポリの伝統を継ぐMTM
サルトリア・ピッチリーロの服は、今では他のサルトリアでは見られないほど手間のかかったフルハンドメイドです。
よくフルハンドメイドというと何か特別なものを想像してしまいますが、なあに、何の芸もありません。
ジャンニを弟のマウリツィオと二人の若い縫い手であるフランチェスコとチーロが手伝って、朝から晩までコツコツと全部手で縫っているだけのことなのですね。
しかしこの光景は今、ナポリでもそうそう見られるものではありません。
ナポリではフルハンドメイドと言っても芯地の据付けや上襟のハ刺しなど、見えない部分はミシンでこなしたり、すでに出来上がっているものを買って使ったりすることが少なくありません。
老舗サルトリアと言われるところでも、そのようなことは普通なのです。ですからフルハンドメイドと言いながら、中を開けてみればミシン縫いでいっぱいということは少なくありません。
それにも関わらず、サルトリア・ピッチリーロでは文字通り全部を手縫いでこなしている。
芯地の据え付け、上襟のハ刺し、縫い合わせ、仮縫いのためのしつけ糸に至るまで。
もちろん一部ポケットの口など力のかかる部分にはミシンを使いますが、それ以外の95%の工程を全て手縫いでこなしているのです。(もしこれ以上を手縫いでこなすとしたら、それはむしろパフォーマンスと言えるでしょう)
あるときサルトリアでカフェを飲みながら雑談をしていると、80歳にもなるおばあさんが「ちょっと荷物を置かせて」と入ってきた。
それからジャンニが仕立てる姿を見て、「なんてこと!私がお針子をしてた10歳の頃と、同じ仕立て方よ」と驚いたのだった。
昔は誰もが同じように仕立てていた、とジャンニ・ピッチリーロは言います。しかし合理的にして手間を減らし、そのうえ生産数を増やしてコストダウンするためにナポリのサルトリアでも手作業をしなくなるところが非常に多くなってしまったと。
しかしジャンニ・ピッチリーロはまるで他人事かのようにその話をするのです。
「どうして未だに手でやるんだい?」
と聞くと、彼は一言簡単に答えるのです。
「ミシンでやると着心地が固くなるだろう」
それだけの理由で、彼らはひたすら手作業を続けているのですね。
私は彼にMTMはできるか、と尋ねました。
すると彼はこう答えたのです。
「できるよ。やることはビスポークと何も変わらないからね」
そしてこのMTMが実現したのです。
今回プロフェソーレ・ランバルディ静岡では、これほどまでに手間のかかったハンドメイドスーツでありながら、MTM(サイズゲージを使用した採寸)とすることで、手の届く値段を実現いたしました。
ビスポークからたったの一針分も省略せず、本物のハンドワークが生み出すビスポークと同等の品質にて仕立てます。
月間5着のみの受注で、予約が埋まり次第その月のオーダーは締め切りとさせていただきます。
10年後には誰もがマエストロと呼ぶであろうジャンニ・ピッチリーロのスーツを、今一緒に仕立ててみませんか?