こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。
曇りの天候が性に合うのか、妙に筆が進みます。
しかしこういう天気になると、いまいち不調なエアコンがぞっとする冷たい息吹を出すせいで、店が12月のパリの屋根裏のような寒さになるのです。あの、貧しい画家たちが耐えきれぬ寒さに、描き途中のカンバスを暖炉で燃やした日のような……。
さて、そんなことはどうでもいいとして、今回の話はナポリ仕立ての袖付けについて。
もう皆さんご存知の「マニカ・カミーチャ」すなわち雨降らし袖。ビスポーク・ファンの皆さんに「これこれこういう袖で……」と説明するのは野暮というものです。
しかし現在日本ではあまりにも定番になったこの仕様、ナポリ仕立てといえばマニカ・カミーチャというような状態ですが、本当にナポリで一般的に着られているものなのか?
はたまたナポリ仕立てブームに便乗したブランドやセレクトショップが、売れるために極端に誇張した結果生まれたものなのか?
そういうわけで今回は、静岡市葵区鷹匠2丁目10番地の中で最も良心的なイタリア服専門店と言われるプロフェソーレ・ランバルディ静岡がその真実を紹介していきます。
マニカ・カミーチャの真実
そもそもマニカ・カミーチャはナポリの職人たちが生み出した、ナポリ特有の仕立て方だと言われています。カミーチャはシャツのことですが、シャツ袖と同じように仕立てられることから、このように言われています。
ちなみにマニカ・カミーチャ=雨降らしとされていますが、厳密に言うと別の部分を表しています。マニカ・カミーチャはショルダーの下に袖部分が入り込むような仕立て方のことを言います。雨降らし袖というのは、主にそれに伴って見られる通常よりも大胆なイセ込み=ギャザーのことを指しているようです。
一般的にはイセ込みが多いので腕の可動域が大きくなり、着心地が良くなると言われています。
とはいえ実際には腕周りの可動域を強烈に左右するのはアームホールのフィット感と、肩や胸部分の十分かつ無駄のないボリュームです。そのため「雨降らしだから着心地が良い」というわけではなく、あくまで全体が作用しあって着心地が出来上がっています。
むしろ他の袖付けに比べてマニカ・カミーチャの着心地がよく感じられるのは、副資材を用いていないので軽く、また仕立ての良いジャケットだと肩を包むかのように、ぴったりとフィットすることが大きな理由です。
マニカ・カミーチャの最大の魅力はやはり、その外見でしょう。サルトリアによって千差万別のマニカ・カミーチャ。
その表情の豊かさは、ナポリ仕立てを象徴するものです。また生地によってギャザーの入り方や雰囲気が全く異なり、同じ袖付けのジャケットが二着と存在しないのも面白いところですよね。
ナポリでマニカ・カミーチャは着られているか?
さて、少し長くなってしまいましたがやっと本題です。
ナポリでマニカ・カミーチャは着られているのか? これは8割方、YESです。今のナポリのサルトリアではやはりジャケットを仕立てるときにマニカ・カミーチャにすることが多く、やはり人気の仕様と言えるでしょう。
またサルト自体が自分のスタイルとしてマニカ・カミーチャで仕立てていることも少なくないため、やはりナポリでオーダーするときには、袖に雨が降ることが多いというわけです。
しかし一つ忘れてはならないのは、ナポリが世界屈指の個人主義都市であるということです。
いくらマニカ・カミーチャがナポリ仕立てを象徴するとはいえ、ナポリのサルトリアの共通点は「それぞれに個性がある」ことだけなのですから、マニカ・カミーチャについても絶対だと思い込んではいけません。
自分のスタイルを追求すること。これこそが、ナポリの真髄です。
例えば私の友人であり、仕事でのパートナーでもあるニコラ・ラダーノ。彼はビスポークしたスーツしか着ない男ですが、彼は頻繁に割袖(雨降らしではない、通常の袖付け)の上着を着ています。
彼が好むのは副資材を用いずアンコンで仕立てながら、わずかに弓なりを描くライン。そして少し付け根を盛り上げた、ナチュラルなコンケープド・ショルダーです。イセ込みは少なめです。
また私が店の名前を頂いた紳士で、ナポリ大学の医学博士であり、ヴィンツェンツォ・アットリーニに服を注文していたウェルドレッサーでもあったランバルディ教授のジャケットは殆どがコンケープド・ショルダーで、数着がアンコンの割袖です。
このように、ナポリではそれぞれがスタイルを持っています。ですから「こういう袖付けだからナポリ仕立て」「雨降らしじゃないからナポリ仕立てじゃない」といったことはありません。
かっちりとした英国調の肩でも、コンケープしていても、シャマットのように極端なギャザーを持っていても、ナポリ仕立てなのです。
ぜひ皆さんも、自分の好みの袖付けやそれが得意なサルトを見つけて、ナポレターノ達のように自分のスタイルを追求してくださいね。