こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。
今日は私がときどき読者の方から投げかけられる、ショッキングなご質問にお答えいたしましょう。
「ナポリでは本当にナポリ仕立てが着られているの?どうせ海外のファッション関係者が大騒ぎしているだけなんじゃないの?」
とそういうわけです。
まあ確かにそんなことを勘ぐってしまいたくなる気持ちもわかります。第一ナポリ仕立ては南イタリアの経済状況からすると贅沢品ですし、何よりこのような海外のファンが熱狂的になっているその場所の固有文化というものは、往々にして現地ではあまり一般的でなかったり、不人気だったりするものです。
「日本といえばゲイシャじゃーん? 君っち家にはゲイシャいないの?しょぼいね」
と言われたら、いくら穏便な日本人でも眉間にシワを寄せることになるはずです。
ですがナポリ仕立てに関して言えば、実際に着られているだけでなく、ナポリの生活や文化にとって大切な要素として息づいているのです。
ナポリ仕立ては、富裕層の道楽なのか?
しかしまず気になるのは、ナポリ仕立ては決して安いものではないということです。そんな贅沢品を、平均年収が日本やその他の国々を下回るこの南イタリアの人々が買うことなどできるのか。所詮ナポリ仕立ては富裕層の道楽なのではないか?
確かにナポリ仕立て=ビスポークスーツは、一般庶民が何着もオーダーできるような代物ではありません。
しかし気をつけなければいけないのは、ナポリには一般庶民という枠が日本ほど多く存在しないということ。ナポリは驚くほどの格差社会です。生まれる家や場所によっては、驚くほど貧しい生活をしなければなりません。しかし一方で日本人の感覚からすると少し裕福とも思えるような家も少なくない。
それは決してフェラーリやポルシェを乗り回し、ベンガル虎をペットにして、世界3大シャトーのワインをコカ・コーラかのように飲むような類のお金持ちではありません。
ヴォメロ地区やキアイア通りの少し広めのアパルトマン(日本でいうところの広めのマンション)に住み、毎週末の昼は家族で集まり、ダンテ広場のリストランテでボトルワインを飲みながら食事を楽しむ。年に数回はサンカルロ劇場でプッチーニやヴェルディのオペラを観に行き、夏のバカンスはイスキア島のリゾートで1ヶ月の休みを満喫する……。
こんな生活をしているちょっとリッチなナポレターノにとって、ナポリ仕立ての服はなくてはならない存在です。週末の食事に着て行くベーシックなジャケット、オペラハウスの入場券となるダークスーツ、バカンスに引っ掛けて行く軽快なリネンジャケット。
ナポレターノにとって襟のついたシャツとジャケットは必須アイテムですから、それらは庶民な家庭であればALCOTやGutteridgeといった若者向けブランド、上記のような余裕のある家庭では当たり前のように、ナポリ仕立てのスミズーラで揃えられるわけです。
ナポリに美しいジャケットを着た紳士の多いこと!
もし洋服を目当てにナポリに来たら、シンプルにキアイア通りやトレド通りのプレビシート広場に近いところを歩いてみましょう。美しいジャケットを紳士たちの多いこと!
少し流行遅れなシルエットだったり、体型の変化でパーフェクトな着こなしではなくなっていたりもしますが、ナポリのサルトリアで仕立てられた、手縫いとハンドワークが目に見えるような美しいジャケットを着た紳士が非常にたくさん歩いています。
春夏であれば美しい生地感のブルーやベージュのリネンのジャケット、冬ならばどっしりとしたツイードのジャケットや、カシミアのコート。
「イタリアでもファッション関係者しかお洒落なジャケットとかスーツなんて着ていませんよ」
なんていう人がいたとしたら、その人はきっとお洒落なジャケットやスーツを柄だけで判断していることでしょう。
お洒落なナポレターノたちはもちろん仕立て職人やその関係者であることも多いですが、そうでない人でもナポリでは美しい仕立て服のジャケットを着ている人がたくさんいます。現にかのランバルディ教授も、仕立て服を愛したドクターだったのですから。
ちなみにナポリで試しに1週間、洒落者ウォッチをした後にローマに日帰り旅行をしてみましょう。スミズーラで仕立てられたジャケットを着ている人が途端に少なくなったのをすぐに感じるはずです。さらにはちょっとしたジャケットを羽織っている人も、やはり少なく感じます。
それだけナポリはドレススタイル文化が息づいた街であり、スミズーラをするような洒落者たちはもちろん、それほどリッチでない人たちでも、シャツとジャケットを当たり前に着るという文化ができているのです。
だから、一つお願いがあるのです。
この仕立て服の街ナポリを訪れるときには、あなたのお気に入りのジャケットを一着、携えていかれるよう……。